オリオン座「もうすぐ星が生まれる場所」目録完成
【2020年8月11日 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所】
星の原材料となる分子ガスが集まった「分子雲」のうち、特に密度が濃いところは「分子雲コア」と呼ばれ、星の誕生現場と考えられている。分子が発する電波をとらえることでこれら分子雲や分子雲コアを観測することができるので、星が生まれる前の段階を研究するには、電波望遠鏡による観測がとても重要だ。
ただし、電波観測で分子雲の密度の非常に高い場所を特定することは可能だが、全ての分子雲コアで星が誕生するとは限らない。分子雲コアの中心部が重力によって収縮し原始星ができると考えられているが、分子雲コアから星が誕生するプロセスは解明されておらず、観測した分子雲コアで本当に近い将来星が誕生するかどうかを判断できていなかった。
野辺山宇宙電波観測所の金観正さんと立松健一さんたちの国際研究グループは、重水素という特殊な水素に着目した。重水素は通常の水素と比べて中性子が1つ多く、質量が約2倍である。最近の観測によれば、恒星が生まれつつある分子雲コアの中では通常の水素に対する重水素の割合がどんどん高くなり、ひとたび星が誕生すると急に減少することが明らかになっている。つまり、重水素の割合が多いほど、星の誕生の瞬間に近いことになる。
金さんたちはまず野辺山45m電波望遠鏡を使って、オリオン座分子雲にある多くの分子雲コアの重水素の割合を測定した。その結果から重水素の割合が大きい場所を特定し、オリオン座における「もうすぐ星が生まれる場所」目録を完成させた。ここで「もうすぐ」とは天文学的時間スケールにおいてであり、実際は10万年単位を指す。
また、アルマ望遠鏡のパラボラアンテナ66台のうち日本が開発を担当した16台のアンテナ群「モリタ(森田)アレイ」を使い、重水素が多く星が誕生する「直前」と「直後」と判明した場所を詳細に観測したところ、星の誕生直前の場所で、周囲のガスが分子雲コアに向かって流れ込む様子がとらえられた。分子雲コアから星形成のプロセスが開始されるきっかけのモデルとして、成長を阻害する乱流が減衰する、同じく磁力線が減少する、ガスが流れ込み質量が増える、という3つの説があるが、今回の結果は3つ目の「体重増加」モデルを支持するものである。
一方、星の誕生直後の場所では、原始星の両側に重水素を含むガスが分布する「謎の二つ目玉」構造が発見された。この構造が作られた過程や、星の誕生に普遍的なものかどうかは、今後の観測で明らかになると期待される。
今回の成果から示されたように、重水素を指標とする観測は、星の誕生現場を探り出す重要なツールとなる。今後同様の観測により、分子雲コアから原始星に至るプロセスの解明が進むだろう。
〈参照〉
- 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所:オリオン座「もうすぐ星が生まれる場所」目録完成 ―「謎の二つ目玉」原始星の発見
- James Clerk Maxwell Telescope:JCMT survey reveals “treasure map” for star formation
- The Astrophysical Journal:ALMA ACA and Nobeyama Observations of Two Orion Cores in Deuterated Molecular Lines 論文
- The Astrophysical Journal Supplement Series:Molecular Cloud Cores with a High Deuterium Fraction: Nobeyama Single-pointing Survey 論文
〈関連リンク〉
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