超大質量ブラックホールの影は揺らいでいた
【2020年9月30日 イベント・ホライズン・テレスコープ】
イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)は超長基線電波干渉法の技術を用いて、世界中にあるミリ波・サブミリ波望遠鏡を組み合わせることで地球サイズの仮想的な望遠鏡を作り出している。2017年におとめ座の楕円銀河M87の中心にある超大質量ブラックホールの影(ブラックホールシャドウ)を撮影することに成功し、観測史上初めて可視化された「ブラックホールの姿」として2019年に公開したことで一躍有名となった(参照:「史上初、ブラックホールの撮影に成功!」)。
もっとも、EHTに所属する望遠鏡がM87を撮影したのは2017年が初めてではなく、M87の中心核はEHTの初期の試験観測網で2009年から2013年にかけて観測されていた。試験観測網は2009年から2012年は3か所、2013年には4か所の望遠鏡で構成されており、2017年に5か所となって観測網が地球サイズに広がったことで、ブラックホールをとらえるに至ったのである。
「昨年、私たちはブラックホールシャドウをとらえた画像を得ました。画像にとらえられたのは、ブラックホールを取り囲む高温のプラズマによる明るい非対称なリング構造とその中心にある暗い領域です。この暗い領域の中にブラックホールの事象の地平面が存在すると考えられています。しかし、これらの画像は2017年4月のわずか1週間の間に行われた観測に基づくもので、天体の姿が時間と共に変化する様子をとらえるのには短すぎました。そこで私たちは、昨年得られたこの非対称リングの形をしたブラックホールの輪郭が過去の観測データと矛盾しないか、同じような大きさや向きを持っているか、ということを調べました」(米・ハーバード・スミソニアン天体物理学センター/ハーバード大学ブラックホール・イニシアチブ Maciek Wielgusさん)。
2017年の観測で用いられた画像化手法は特定の構造を仮定することなく天体の姿を明らかにできたが、2009年から2013年に取得されたデータはそれに比べて情報量がはるかに少なく、画像化することはできない。そこで研究グループは情報量が少ない初期観測のデータと様々な天体構造の幾何学的なテンプレートを比較し、どのような形状が最も観測データをよく説明できるのかを統計的解析で明らかにすることで、M87の中心核の姿が時間と共にどのように変化しているかを調べた。
その結果、ブラックホールを取り囲む非対称なリング構造は最初の観測以降8年間存在し続けていたことが確認された。中心の影の大きさは変わらず、アインシュタインの一般相対性理論に基づいて計算すれば、太陽の65億倍という超大質量ブラックホールが真ん中にあるということになる。
「2017年に撮影されたブラックホールの画像にあるような非対称なリング構造が、8年にわたって存在することが強く示唆されます。長年にわたる複数の観測から同様の結果が得られたことで、昨年撮影されたM87中心核の姿やその中心にあるシャドウの起源がブラックホールにあることがさらに確実になりました」(米・マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所 秋山和徳さん)。
非対称なリング構造の大きさが変化していない一方、リング中で明るく光る領域の向きは時間と共に変化し、揺れ動く様子がとらえられた。これは事象の地平面間際でブラックホールに流れこむガス流の構造が時間と共に変動していることを示す結果である。「ガス流は乱流状態にあるため、非対称なリング構造が時間と共に揺らいで見えるのです。向きに大きな変化が見られましたが、実際のところガス降着流に関する全ての理論モデルがこれを説明できるわけではありません。つまり観測された天体構造の変化によって、私たちはいくつかのモデルを棄却することができたのです」(Wielgusさん)。
「これら初期の試験観測データを用いることで、長期的な観測でしか得られない貴重な発見がなされました。このような長年にわたる観測は、高品質な天体の撮像が可能となった現在の観測網ではまだ実現できていません。私たちが2009年に初めてM87中心核の大きさを測った時には、まさかこの観測からブラックホールの動的な姿の片鱗を見ることができるとは予想もしていませんでした。もしブラックホールが10年にわたってどのように変化するかを知りたければ、実際に10年にわたって観測を続ける他ないのです」(EHT創設者 Shep Doelemanさん)。
リング構造の変化の様子を詳しく知ることで、ブラックホールへと流れこんだガスの一部が光速に近い速さで噴出するジェットの生成メカニズムを解明したり、一般相対性理論の新たな検証方法を確立したりできる可能性がある。「さらに拡張されたEHTの観測網でM87中心核を観測し続ければ、ブラックホール周辺の乱流のダイナミクスを調べるための新たな画像と豊富なデータがもっと得られます。私たちはすでに、新たにグリーンランドの望遠鏡を加えた2018年の観測データの解析に取り組んでいます。さらに2021年には新たな2か所の望遠鏡を加えて観測する予定で、これによって大幅に画像の質が向上します。ブラックホールの研究は今本当にエキサイティングな時期を迎えているのです」(台湾・中央研究院天文及天文物理研究所 Geoffrey Bowerさん)。
〈参照〉
- EHT-Japan:揺れ動くM87巨大ブラックホールのシャドウ
- The Astrophysical Journal:Monitoring the Morphology of M87* in 2009–2017 with the Event Horizon Telescope 論文
〈関連リンク〉
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