月面の縦孔で宇宙放射線はどの程度防護できるのか

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月面の縦孔地形を利用することで、宇宙放射線被曝量を十分に低くできることがシミュレーションによって示された。未来の有人活動において重要な知見となる。

【2020年10月8日 JAXA

将来、人類が月で有人活動を恒常的に行うようになった際に大きな問題となるのが宇宙放射線の影響だ。地球上であれば大気や地球磁場によって宇宙放射線から守られているが、月面では何らかの手段によって放射線被曝量をできるだけ減らす必要がある。

日本の月周回衛星「かぐや」の観測によって、月面にできた縦孔が発見されている。さらに、この縦孔から続く地下には火成活動によって作られたと考えられる空洞が存在することも明らかになっている(参照:「月の地下に巨大な空洞、「かぐや」データなどで明らかに」)。この地下空洞は隕石の衝突や300度にも及ぶ昼夜の温度差、致命的な放射線被曝から人や機器を守ることができる可能性を秘めており、月探査の拠点候補地として期待されている。

マリウス丘の縦孔
NASAの月探査機「LRO」が撮影したマリウス丘の縦孔(提供:NASA/GSFC/Arizona State University

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の内藤雅之さんたちの研究チームは、縦孔と地下空洞が宇宙放射線被曝をどの程度減らせるかについて、最新の放射線科学研究に基づいて評価を行った。

月表側の西部に存在する「マリウス丘」の縦孔を模擬して、縦孔内外における被曝量の空間分布をシミュレーションによって見積もったところ、縦孔外の月面領域における被曝量が最大で一日当たり約1.14mSv(年間約420mSv)となったのに対し、縦孔中心部の被曝量は深さと共に減少し、縦孔の底中央部では月面の10%以下となる約0.07mSv(同約24mSv)となった。

また、水平方向に地下空間が広がっていると仮定した場合、被曝量の水平方向分布は、縦孔底面の縁(±25m)周辺では中央部よりもさらに低い年間19mSv程度であることがわかった。地上における職業被曝線量の基準値は5年間で100mSvとされており、縦孔と地下空間を利用すれば、この基準値を下回る放射線環境を月でも実現できることが明らかになった。

縦孔周辺領域の年間の線量分布
縦孔周辺領域の年間の線量分布(提供:Naito et al., 2020から一部改変)

これまでの縦孔周辺の光学観測やレーダー観測によって、縦孔から続く地下空間の大きさは最大でkmクラス、最低でも10数mであることが示唆されている。このことから、縦孔を利用することで職業被曝線の基準値以下の放射線環境を実現することは十分現実的であることがわかる。地下空間の大きさ次第では、地下空間内で地球上と同程度の放射線環境も十分期待できる。

この研究により、月の縦孔と地下空間を利用することで月面に新たに遮蔽材を持ち込むことなく安全な放射線環境を確保できることが示され、将来の月有人滞在に向けて重要な知見が得られた。