ブラックホールシャドウの画像から重力理論を初検証
【2021年5月25日 EHT-Japan】
異常なまでに中心に質量が集中しているブラックホールでは、事象の地平線と呼ばれる境界の内側から光や物質が逃げられないため、観測できる物理量は質量、回転、そして電荷の3つしかないとされる。アインシュタインの一般相対性理論を前提とすれば、事象の地平線の大きさ等はこの3つの物理量で決まる。ただし、一般相対性理論以外の重力理論がブラックホールに当てはまるのであれば、大きさも変わりうる。
世界中のミリ波・サブミリ波望遠鏡が連携して高解像度の観測を実現する国際プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope; EHT)」は、おとめ座の巨大楕円銀河M87の中心にある超大質量ブラックホールの影(ブラックホールシャドウ)を撮影したと2019年に発表した。これは、私たちから見て奥から届く光に対してブラックホールが作る影で、事象の地平線よりも2.5倍大きい。
独・フランクフルト大学理論物理学研究所のPrashant KocherlakotaさんたちEHTの研究チームは、ブラックホールシャドウのデータを元に、M87の超大質量ブラックホールの電荷の大きさや、一般相対性理論以外の重力理論が成り立つ可能性を検証した。
Kocherlakotaさんたちの解析によれば、画像から読み取れるブラックホールシャドウの大きさは一般相対性理論と非常によく一致する一方、電荷の大きさや他の重力理論については制限が得られた。一般相対性理論以外の重力理論としては超ひも理論に基づくものが提案されているが、これもある程度観測されたブラックホールシャドウと一致することがわかった。
「EHTの観測で得られたブラックホールの画像を使って様々な物理学の理論を検証することができるようになりました。現在のところ、M87のブラックホールシャドウの大きさからは、一般相対性理論以外の重力理論の可能性を否定することはできませんが、今回の計算により、これらのブラックホール解の有効範囲を制限することができました」(Kocherlakotaさん)。
「私たち理論物理学者にとって、ブラックホールという概念は、悩みの種であると同時にインスピレーションの源でもあります。私たちは、事象の地平線や特異点など、一般相対論から計算されるブラックホールの描像にいまだに悩まされており、一般相対論に代わる他の重力理論で新しい解決策を見つけたいと常に思っています。私たちのような結果を得ることで、何がもっともらしくて何がそうでないかを判断することは非常に重要です」(フランクフルト大学 Luciano Rezzollaさん)。
「今回の結果は重要な第一歩です。今後新たな観測が行われれば、制約条件も改善されていくでしょう」(中・上海交通大学李政道研究所 水野陽介さん)。
〈参照〉
- EHT-Japan:ブラックホールの画像から一般相対性理論を含む多様な重力理論を初検証
- Event Horizon Telescope:Einstein's Theory Can Explain the Black Hole M87
- Physical Review D:Constraints on black-hole charges with the 2017 EHT observations of M87* 論文
〈関連リンク〉
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