超新星残骸に刻まれた傷痕をXRISMが観測

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XRISMによる超新星残骸「いて座Aイースト」の観測から、天の川銀河中心の超大質量ブラックホール「いて座A*」が数千年前に起こした強いX線フレアによる傷痕とも言える過剰な電子殻の剥がれが見つかった。

【2025年4月8日 JAXA宇宙科学研究所

重い星は一生の最期に超新星爆発を起こし、秒速数千kmの衝撃波を生成する。この衝撃波によって星間ガスや爆発噴出物が加熱されると高温プラズマとなり、原子核の束縛から自由電子が飛び出す。自由電子は重元素と衝突し、重元素の電子殻を壊して(イオン化して)いくため、通常、電子殻は数万年かけてゆっくりと剥がれていく。

しかし、いくつかの超新星残骸のプラズマでは、電子殻の剥がれ方の指標を示す温度が自由電子の温度よりも高いという「過剰な電子の剥奪」状態になっており、何らかの特殊な進化過程を経たと考えられている。

天の川銀河の中心方向に位置し、銀河中心の超大質量ブラックホール「いて座A*」(いて座エースター)から数光年と近距離にある超新星残骸「いて座Aイースト」でも、X線天文衛星「すざく」の観測から過剰な電子殻の剥がれが示唆されている。また、現在はとても静かないて座A*が過去に激しく活動していたらしいことも、「すざく」などにより示されている。そこで、いて座Aイーストを高い波長分解能で観測すれば、いて座A*の活動による電子殻の剥がれ、いわばその「傷痕」が見られる可能性がある。

「いて座Aイースト」と「いて座A*」
超新星残骸「いて座Aイースト」(楕円内)と超大質量ブラックホール「いて座A*」(十字)。X線観測を青、電波観測を赤で表した擬似カラー画像(提供:X-ray: NASA/CXC/Nanjing Univ./P. Zhou et al. Radio: NSF/NRAO/VLA)

日本のX線分光撮像衛星「XRISM」の国際共同研究チームとスイス・ジュネーブ大学のMarc Audardさんたちの研究チームは、広い視野と高い波長分解能を持つXRISMで、いて座Aイーストのプラズマの状態を詳しく調べた。

XRISMの観測により、ヘリウム状(電子が2個)まで電子殻が剥がれた鉄イオンの輝線放射の微細構造が精密に分光され、通常の超新星残骸の鉄イオンで起こりやすい自由電子の衝突による輝線と、過剰に電子殻が剥がれた鉄イオンで起こりやすい自由電子の再結合による輝線とが初めて分離された。この結果をもとにして、電子殻の剥がれ具合がプラズマの温度に換算するとおよそ5400万度であることが判明した。これは電子を剥がす役割をもつ自由電子の温度である約1900万度を大きく超えており、「すざく」の観測から示唆されていた過剰な電子殻の剥がれを明確に示している。たとえるなら「親鳥(自由電子)が卵を温めていないのに、殻 (電子殻)が破れてヒナ鳥(原子核)が現れている」ようなものだ。

こうした異常な状況は、鉄原子の束縛電子が過去に急激に剥奪されたことを意味している。その原因として、いて座A*が数千年前に起こした強いX線フレアが「殻」を壊したという可能性が考えられる。これが正しければ、いて座Aイーストは銀河中心ブラックホールの活動の歴史を刻んでいる貴重な「考古資料」ということになる。

通常の超新星残骸のプラズマと過剰にイオン化したプラズマの進化過程の比較、ヘリウム状鉄イオンの輝線のスペクトルとプラズマモデル
(上)通常の超新星残骸のプラズマと、過剰にイオン化したプラズマの進化過程の比較。(下)XRISMの観測で得られたヘリウム状鉄イオンの輝線のスペクトルとプラズマモデル(提供:JAXA)

今回の結果は、ブラックホールの活動や超新星爆発直前の恒星の活動について新たな角度からの情報を与え、XRISMがこうした天体の物理過程を理解するうえで大きな力を発揮することを示すものでもある。今後の研究により、いて座Aイーストのような特殊な進化経路を辿った超新星残骸の理解や、恒星進化の物理的な理解が進展することが期待される。

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