現代に再び目覚めた、『吾妻鏡』の超新星残骸

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史書『吾妻鏡』に記された超新星「SN 1181」の残骸がX線を出す複数の層からなることがわかり、その風変わりな性質を説明できる理論モデルが作られた。

【2024年7月12日 東京大学大学院理学系研究科・理学部

質量が太陽の8倍以下の恒星は、核融合反応の燃料である水素やヘリウムが尽きると、炭素と酸素を主成分とする「白色矮星」となって一生を終える。しかし、白色矮星が別の星と連星になっている場合には、相手の星から白色矮星にガスが降り積もることで暴走的な核融合反応が始まり、Ia型超新星となって爆発する。

一方、質量が太陽の8倍以上の星は、赤色巨星の段階を経て最期に「II型超新星」という爆発を起こす。Ia型とII型はスペクトルなどの特徴に違いがあり、Ia型は爆発後に何も残らないのに対してII型では中性子星やブラックホールが爆発後に残されるという点も異なる。

天の川銀河で過去に起こった超新星の多くは肉眼でも見え、日本の歴史書や日記等では「客星」として記されている。歴史上の超新星はその残骸がほぼ同定されているが、1181年にカシオペヤ座の方向に出現した「SN 1181」については、該当する超新星残骸が長い間不明だった。2019年になって、SN 1181の出現位置近くにある星雲状の赤外線天体「IRAS 00500+6713」(別名「Pa 30」。以下、IRAS 00500)が、約1000年前に爆発した超新星の残骸らしいことが明らかになり、SN 1181の残骸の有力候補となっている。IRAS 00500のスペクトルや膨張速度から、親星はIa型超新星を起こしたと考えられている。

IRAS 00500+6713
超新星残骸「IRAS 00500+6713」をX線・可視光線・赤外線で観測した画像を重ね合わせたもの。約8000光年の距離にある。ほぼ円形の星雲の中心には白色矮星が存在する(提供:G. Ferrand and J.English, NASA/Chandra/WISE, ESA/XMM ,MDM/R.Fessen, Pan-STARRS)

ところが、IRAS 00500は普通のIa型超新星残骸とは異なり、中心に白色矮星が存在していて、しかもそこから光速の約5%に達する高速の星風が吹いている。これまでの研究で、IRAS 00500は普通のIa型超新星よりやや暗い「Iax型超新星」に分類されると考えられているが、他にも普通の超新星残骸にない特徴をいくつも持っているため、IRAS 00500の性質をうまく説明できるモデルはこれまでなかった。

東京大学の黄天鋭さんたちの研究チームは、ヨーロッパ宇宙機関のX線観測衛星「XMMニュートン」とNASAのX線観測衛星「チャンドラ」が過去にIRAS 00500を観測したデータを解析し、この超新星残骸がX線を放射する2層の星雲部分と、その間に赤外線を出す部分を持つ多層構造になっていることを突き止めた。

このデータを踏まえて黄さんたちは、観測結果を説明できるようなIRAS 00500のモデルを作り出した。このモデルによると、IRAS 00500の親星は白色矮星同士の連星で、この2個の白色矮星が合体したことでIa型超新星爆発を引き起こし、合体後の白色矮星が四散せずに残ったという。また、内側のX線領域は星風が生み出す衝撃波の終端、外側のX線領域は膨張する残骸と星間物質が衝突してできる衝撃波面に対応している。その中間にある赤外線領域には塵のリングがあると考えられる。

超新星残骸の構造
(左)IRAS 00500をX線と赤外線で観測した画像、(右)観測およびモデルから推定される構造の模式図(提供:東京大学リリース)

黄さんたちが導いたモデルからこの超新星爆発の明るさを見積もったところ、通常のIa型超新星よりやや暗くなることがわかった。『吾妻鏡』などの歴史書では、1181年の超新星は土星のような明るさだったと記録されていて、今回の推定と矛盾しない。

また、このモデルによれば、IRAS 00500の白色矮星から吹く星風はここ数十年以内に吹き始めたと考えられることもわかった。約1000年前に起こった超新星爆発で残された白色矮星が現代になって再び活発化したことを示唆する結果で、この点でもIRAS 00500はかなり風変わりだ。

SN 1181とその残骸の時間進化
今回の研究から導かれるた、SN 1181とその残骸の時間進化。この超新星は2つの白色矮星の合体で引き起こされ、爆発後に白色矮星が残された。爆発から約800年経った1900年代に白色矮星が再び活発化して星風が吹き始め、周囲の物質に衝突することで、超新星残骸の中に強いX線領域が形成された(提供:黄天鋭)

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