超新星残骸が宇宙線を生み出す「強い磁場」の証拠を確認
【2024年7月31日 早稲田大学】
宇宙には「宇宙線」と呼ばれる高エネルギーの粒子が飛び交っている。エネルギーが約1015eV(1ペタ電子ボルト:1PeV)より低い宇宙線は天の川銀河の中で生成され、これより高エネルギーの宇宙線は天の川銀河の外からやってくると考えられているが、粒子が加速される詳しいしくみには不明な点が多い。
天の川銀河内の宇宙線は、超新星残骸の衝撃波面を荷電粒子が何度も往復することで粒子が加速されて生じるという「衝撃波加速」説が有力だが、このメカニズムで粒子が1PeVまで加速されるのは難しく、宇宙線をめぐる未解決問題の一つとなっている。衝撃波で加速される粒子の最大エネルギーは磁場の強さに比例するが、超新星残骸の磁場は普通の星間磁場と同程度(1~10μG:10-6~10-5ガウス)の強さだとされていて、この程度の磁場だと宇宙線粒子は1PeVの1/100~1/1000のエネルギーしか得られないはずなのだ。
早稲田大学の田尾萌梨さんたちの研究チームは、若い超新星残骸の典型例である「SN 1006」に着目し、多波長で観測したスペクトルと画像解析から、超新星残骸の磁場と宇宙線加速のしくみを調べた。
SN 1006は西暦1006年に出現した超新星の残骸で、おおかみ座の方向約6000光年の距離にある。衝撃波面がほぼ球対称に星間空間に広がりつつあり、電波やX線では縁の部分が特に明るいシェル(球殻)構造をしている。これまでの観測で、このシェル部分から放射される電波やX線は、電子などの荷電粒子が磁力線に巻き付きながら運動するときに強い電磁波を出す「シンクロトロン放射」によるものだとわかっていて、磁場の強さは8~10μGと推定されていた。
田尾さんたちは、これまでのSN 1006の電波観測データに加えて、ヨーロッパ宇宙機関の宇宙マイクロ波背景放射観測衛星「プランク」のデータも使い、1~100GHzという広い周波数にわたるSN 1006の電波スペクトルを導いた。その結果、周波数が高い領域で電波の強度が急激に下がっていることがわかり、この特徴から考えて、シンクロトロン放射の電波を生じている磁場の強さは2mG(=2000μG)以上とみられることを明らかにした。
さらに田尾さんたちは、南アフリカの電波望遠鏡「MeerKAT」とNASAのX線天文衛星「チャンドラ」による観測データからSN 1006のシェル構造の厚みを見積もり、その推定値を使って電波とX線のシンクロトロン放射を生じている磁場の強さを求めた。すると、X線を生み出している磁場は約10μGだが、電波を生み出している磁場はやはり、それよりずっと強いと考えられることがわかった。
今回新たに得られたデータを追加して、SN 1006の電波からガンマ線までのスペクトルを描いてみると、電波の成分と可視光線・紫外線・X線の成分は1種類のシンクロトロン放射のスペクトルでは説明できず、それぞれ別の磁場で生じているシンクロトロン放射だと考えられる。田尾さんたちの計算では、SN 1006の電波成分を生み出すためには、可視光線~X線の成分を生み出している磁場よりも100倍以上強い磁場が必要だという。
これらの結果から、研究チームでは、SN 1006の衝撃波面にはX線のシェルと電波のシェルを生じる2種類の磁場が存在し、後者の磁場は前者の磁場に比べて100~300倍も強められていると考えている。これほど強い磁場が存在すれば、粒子のエネルギーを1PeVまで加速することは十分に可能だ。
今後研究チームは、SN 1006と同じように高い周波数で電波の強度が急激に下がる特徴を持っている超新星残骸「とも座A」とSN 1006を比較したり、より広範な超新星残骸で磁場の増幅がみられるかどうかを検証したりする予定だ。
〈参照〉
- 早稲田大学:若い超新星残骸SN1006で「磁場増幅」の証拠を発見~宇宙線加速のジレンマ解消にむけ、新たな一歩
- The Astrophysical Journal Letters:Observational Evidence for Magnetic Field Amplification in SN 1006 論文
〈関連リンク〉
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