「XRISM」の観測で超新星残骸、活動銀河核の新たな成果

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X線観測衛星「XRISM」の観測で、超新星残骸の鉄が100億度に達している様子がとらえられた。巨大ブラックホール周辺の構造など、他にも多くの観測成果が得られている。

【2024年9月24日 JAXA宇宙科学研究所

2023年9月7日に打ち上げられた日本のX線分光撮像衛星「XRISM」は、ファーストライトから優れた観測性能を見せている(参考:日本のX線天文衛星「XRISM」がファーストライトX線分光撮像衛星XRISMの初期科学観測データ公開)。今年2月から定常運用に入り、9月まで「較正・初期性能検証観測」として約40天体の観測が行われた。これは、世界の研究者から観測提案を公募する前に、XRISMの性能を実際の観測例で提示する「ショーケース」の意味も持っている。

9月20日の記者説明会では、XRISMの現在の状況と、初期観測で得られた2件の新たな科学成果が紹介された。

「Resolve」の保護膜が開かない問題

XRISMの「軟X線分光装置(Resolve)」は、天体から届くX線のスペクトルを5eV以下という非常に高いエネルギー分解能で測定できており、これは要求性能を上回っている。

ただし、X線の入射口にある保護用の膜が開いておらず、保護膜を通して観測を行う状況が続いている。

保護膜は厚さ0.25mmのベリリウム製で、打ち上げ前の衛星が地上にいる間に検出器が地球大気に触れたり、打ち上げ直後に機体から発生する微量のガス(アウトガス)が入り込んだりして影響を与えるのを防ぐものだ。打ち上げから2か月後の2023年11月に保護膜を開くコマンドを送ったが、膜が開いたことを確認できなかった。その後も条件を変えて2回試したものの、保護膜は開いていない。

保護膜が閉じた状態でも、Resolveの観測エネルギー範囲である0.3~12keVのうち大半のX線は透過するが、1.8keV以下のX線はさえぎられてしまうという。

運用チームでは、現状でも期待以上の成果を得られていることから、当面は保護膜が閉じたままで運用を進め、1回目の公募観測期間が終わる2025年9月にもう一度膜の開放を試みる予定だ。

XRISMプロジェクトチームの渡辺伸プロジェクトマネージャ(JAXA宇宙科学研究所助教授)は、「第1回の公募観測は保護膜が閉じているという前提で募集しましたが、それでも多くの観測提案があり、多くの成果が見込まれるため、まずはその観測を優先する方針です。保護膜の細かい状況がわかりつつあり、例えばケーブルが引っかかっている可能性などを考えて振動を加えたり、温度を上げたりという運用を考えています」と述べている。

超新星残骸で鉄のプラズマが100億度になっていることを発見

初期性能検証観測では、Resolveを使って大マゼラン雲の中央部にある超新星残骸「N132D」の分光観測が行われた。N132Dは約3000年前に爆発したII型超新星の残骸で、X線やガンマ線で明るく見える。

観測の結果、N132Dのプラズマに含まれるケイ素・硫黄・アルゴン・カルシウム・鉄などが出す「特性X線」のスペクトルを高いエネルギー分解能でとらえることに成功した。

N132DのX線スペクトル
Resolveで得られた超新星残骸「N132D」のX線スペクトル。鉄の輝線は幅が広く、約100億度と推定される。2~3keVの様々な元素の輝線は温度が約1000万度と推定される。画像クリックで表示拡大(提供:JAXA)

Resolveではこれらの輝線の幅や形も精密にわかるため、X線を発しているプラズマの熱運動の速度(=プラズマの温度)を求めることができる。解析の結果、残骸の外層部に多く存在するケイ素や硫黄のイオンは約1200km/sの速度で膨張していて、その温度は約1000万度であることがわかった。

一方、残骸の中心付近に多く存在する鉄イオンは衝撃波で強く加熱されていて、その温度は100億度に達することが判明した。超新星残骸の中で鉄などの重い原子が超高温になることは理論的に予想されていたが、その温度を精密に求めたのはこれが初めてだ。

セイファート銀河の巨大ブラックホール周辺の構造を推定

研究チームは、りょうけん座の方向約6200万光年の距離にある活動銀河「NGC 4151」の中心核を精密分光観測することにも成功した。NGC 4151は「2型セイファート銀河」というタイプの活動銀河で、中心には太陽質量の約3000万倍の超大質量ブラックホール(SMBH)が存在し、X線で明るく輝いている。

NGC 4151
セイファート銀河「NGC 4151」の中心部を描いた想像図。中心には約3000万太陽質量の超大質量ブラックホールが存在し、その周囲に降着円盤、その外側に広輝線領域、さらに外側に分子トーラスがある。ブラックホールに吸い込まれなかった物質はジェットや円盤風として外部に噴き出す(提供:JAXA)

XRISMはこのSMBHの周囲に存在する鉄の特性X線をResolveで精密に分光観測した。その結果、この輝線スペクトルが公転速度の異なる3つの成分の重ね合わせになっていることを突き止めた。

活動銀河核は、中心のSMBHに落ち込むガスからなる「降着円盤」と、その外側にある「広輝線領域(BLR)」、そのさらに外をドーナツ状に取り巻く「分子トーラス」という構造を持つと考えられている。今回のスペクトルを形づくる3成分は、SMBHのすぐそばから出たX線が降着円盤、BLR、分子トーラスの内縁に反射されたものだと考えられる。

NGC 4151のX線スペクトル
Resolveで得られたNGC 4151のX線スペクトルと、そこから推定される中心部の構造。スペクトルは3成分の重ね合わせになっていて、降着円盤、広輝線領域、分子トーラスからの光が見えていると考えられる。画像クリックで表示拡大(提供:JAXA)

研究チームはこの結果から、分子トーラスの内縁の半径が約0.1光年、BLRの半径が約0.01光年であると推定した。X線の精密分光観測から活動銀河核内部の構造を具体的に明らかにできたのも初めてだ。

この結果は活動銀河核のモデルを裏付けるとともに、XRISMがSMBHの周りにある物質の分布を調べる新たな「道具」になることを実証するものである。SMBHの周りの構造がどうやってでき、SMBHと銀河全体がどのように進化するかという天文学の大きな謎を解く上で、XRISMが今後重要な役割を果たすと期待される。

XRISMプロジェクトチームの山口弘悦さん(JAXA宇宙科学研究所助教授)は、「活動銀河核になぜBLRのような構造があるのか、といったことはまだ詳しくわかっていません。たとえば、SMBHのすぐそばにあるX線の放射源が変光すると、しばらく遅れてBLRやトーラスも変光するはずです。そうした現象を調べることで、活動銀河核のより詳しい構造を明らかにしたいと思っています」と述べている。

XRISMでは9月4日から第1回の公募観測を開始しており、約1年間で100個以上の天体を観測する予定となっている。

X線分光撮像衛星(XRISM)の記者説明会(JAXA)

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