宇宙は原始銀河団であふれている
【2018年3月7日 すばる望遠鏡】
宇宙に存在する銀河は渦巻銀河や楕円銀河など多種多様で、その性質は周囲の環境と密接に関係していることが知られている。現在の宇宙では、数十個以上の銀河が密集する銀河団のような領域には年老いた重い楕円銀河が多く存在し、銀河があまり存在しない領域には活発に星形成をしている若い渦巻銀河が多く見られる。そのような関係がいつどのように生まれたのかは、現代天文学の大きな謎の一つだ。
環境が銀河進化に与える影響を解明するためには、現在の宇宙に存在する完成した銀河団だけではなく、銀河・銀河団がまさに成長しつつある過去の姿を、遠方宇宙の原始銀河団の観測を通して直接調べることが重要だ。しかし、銀河団のように非常に密度の高い領域は宇宙全体でもごく稀なため、研究は困難であった。現在の宇宙で銀河団が占める体積の割合はわずか約0.38%しかなく、遠方宇宙にいたっては、原始銀河団の発見数はこれまで20個にも満たなかった。
遠方宇宙での銀河進化に影響を及ぼす環境効果を理解するためには、まず原始銀河団の大規模なサンプルを構築する必要がある。国立天文台の柏川伸成さんたちの研究グループは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ「HSC(Hyper Suprime-Cam、ハイパー・シュプリーム・カム)」を用いたサーベイ観測のデータから約120億年前の銀河を選び出し、それらの分布を調べることで遠方宇宙における原始銀河団の探査を行った。
その結果、研究グループは約120億年前の宇宙に原始銀河団を200個近く発見し、それらが不均一に分布することを明らかにした。この発見数は従来の約10倍で、遠方宇宙における原始銀河団の統計的な研究を初めて可能にさせる画期的な成果である。原始銀河団の分布の解析から、原始銀河団を包み込む暗黒物質の塊「ダークマターハロー」の質量が太陽質量の10兆倍以上と初めて推定された。これらの領域がいずれ銀河団(太陽質量の100兆倍)に成長することを強く示唆するものである。
さらに研究グループは、HSCの観測で得られた原始銀河団の大規模サンプルを使って、原始銀河団とクエーサーとの関係についても調査した。クエーサーとは、その中心に存在すると考えられている超大質量ブラックホールが周囲のガスを大量に飲み込む過程で非常に明るく輝いている特殊な銀河だ。
クエーサーの起源として、「銀河が衝突合体する時に、ブラックホールがその銀河のガスを大量に飲み込んでクエーサーが出現する」という説が現在最も有力と考えられている。この仮説が正しければ、銀河が密集し衝突頻度も高い原始銀河団ではクエーサーが生まれやすい、つまり原始銀河団領域にクエーサーが見つかりやすいと予想される。しかし、原始銀河団もクエーサーも宇宙空間において非常に稀であるため、仮説の検証はこれまで困難だった。
研究グループが、HSCによって得られた原始銀河団と同じ時代に見つかっている明るい151個の遠方のクエーサーを利用して両者の位置関係を調べたところ、原始銀河団に属する明るいクエーサーはほとんどないことがわかった。さらに、最も明るいクエーサーは原始銀河団を避けるように分布することも初めて明らかになった。
この結果は、従来の予想とは異なり、銀河の衝突を原因としない別のクエーサー発現メカニズムが必要である可能性を示唆するものだ。一方、クエーサーからの明るい放射によって周囲の銀河成長が抑制されたために周囲に銀河が観測されなかった可能性も考えられ、今後のさらなる議論が待たれる。
もう一つの興味深い発見は、原始銀河団に属していた稀なクエーサーのうち4個が「ペア」として存在していたことだ。クエーサーのペアは、特に遠方宇宙においては非常に珍しいものである。この2つのペアが原始銀河団中に発見されたことにより、原始銀河団中では単体ではなく複数の超大質量ブラックホールが同時に活動的になりやすいという新たな可能性が示された。「HSCの広く深い観測によって、私たちはかつてない数の原始銀河団を見つけ、さらに活動的なブラックホールが属する環境の多様性について、極めてユニークかつ新しい発見をすることができたのです」(柏川さん) 。
「今後観測を継続することによって、原始銀河団サンプルの数がさらに増えるでしょう。すばる望遠鏡の戦略枠観測が完了すると、120億光年彼方の原始銀河団を約1000個発見できると期待されます。その上で、110億光年から130億光年にわたる原始銀河団の成長過程を明らかにしていきます」(東京大学宇宙線研究所 利川潤さん)。
〈参照〉
- すばる望遠鏡:宇宙は原始銀河団であふれている
- 日本天文学会欧文研究報告(PASJ):論文
- Special Issue: Subaru Hyper Suprime-Cam Survey 特集号トップ
- GOLDRUSH. III. A Systematic Search of Protoclusters at z~4 Based on the >100deg(^2) Area
- Luminous Quasars Do Not Live in the Most Overdense Regions of Galaxies at z~4
- Enhancement of Galaxy Overdensity around Quasar Pairs at z<3.6 based on the Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program Survey
〈関連リンク〉
関連記事
- 2024/11/01 天の川銀河中心の大質量ブラックホールの観測データを再解析
- 2024/09/06 宇宙の夜明けに踊るモンスターブラックホールの祖先
- 2024/06/24 「宇宙の夜明け」時代に見つかった双子の巨大ブラックホール
- 2024/04/03 天の川銀河中心のブラックホールの縁に渦巻く磁場構造を発見
- 2024/03/15 初期宇宙の巨大ブラックホールは成長が止まりがち
- 2024/03/08 最も重い巨大ブラックホール連星を発見
- 2024/03/05 超大質量ブラックホールの周りに隠れていたプラズマガスの2つのリング
- 2024/02/19 減光を続けるクエーサー3C 273
- 2024/02/08 初期宇宙のクエーサーから強烈に噴き出す分子ガス
- 2024/01/24 初撮影から1年後のM87ブラックホールの姿
- 2023/12/22 初期宇宙にも存在したクエーサー直前段階の天体「ブルドッグ」
- 2023/12/12 遠方宇宙に多数の活動的な大質量ブラックホールが存在
- 2023/12/08 天の川銀河中心の100億歳の星は別の銀河からやってきたか
- 2023/11/09 銀河中心のガスは巨大ブラックホールにほぼ飲み込まれない
- 2023/10/02 ジェットの周期的歳差運動が裏付けた、銀河中心ブラックホールの自転
- 2023/09/27 JWSTとアルマ望遠鏡のタッグで、最遠方の原始銀河団をキャッチ
- 2023/09/25 銀河中心ブラックホールのジェットが抑制する星形成
- 2023/09/19 クエーサーが生まれるダークマターハローの質量はほぼ同じ
- 2023/09/15 巨大ブラックホールに繰り返し削られる星
- 2023/09/08 ダークマターの小さな「むら」をアルマ望遠鏡で初検出