毛利シャトル連載第4回レーダー地形測量ミッションはここがすごい!

【2000年2月13日】

 2月12日未明のシャトル打ち上げTV中継は見ましたか? 連載第1回の「エンデバー打ち上げライブ中継を見てみよう」にて、もしかしたら見ることができるかも、と書いた打ち上げテレビ中継が、NHK総合とNHK衛星第1にて実現しました。深夜枠という、小回りのきく時間帯ということが幸いしたのかもしれません。

また一時閉鎖されていた宇宙開発事業団のWebページも、シャトル打ち上げに合わせたかのように再開されており、デイリーレポートやシャトルの見え方の予報なども掲載されはじめています。

さて、連載第4回目は、今回のミッションの主目的である、レーダー地形測量ミッションについて簡単にお話しましょう。今回の主役だけあって、このミッションはなかなかの内容になっています。

スペースシャトル・エンデバーSTS-99(2月13日現在)

打ち上げ日時

2000年2月12日(土) 2:43:40 [日本時間]

打ち上げ場所

ケネディ宇宙センター ランチバッド39A

軌道高度

233km

軌道傾斜角

53度

地球1周所要時間

約90分

ミッション期間

11日4時間00分

帰還予定

2000年2月23日6:38 [日本時間]

オービター

エンデバー

ミッション内容

SRTMレーダー地形測量ミッション
EarthKAM教育プログラム

ライブサイト

NASA-TV中継サイト一覧

  レーダー測量ミッション概念図

レーダー地形測量ミッションの概念図
JPL - SRTM Home Page - Shuttle Rader Topography Mission - Images: Artist's Depictions より

■ 今まででもっとも精密な地球の立体地図を作る

 このミッションを一言で表せば、「シャトルに搭載される新型レーダーによって、地球のほとんどの地域をカバーする、今まででもっとも精密な立体地図を短期間で作る」といったことになるでしょう。
 ここではまず、この地図を作成する過程を、日本の国土地理院が発行している立体地図(数値地図と呼ばれています)と比較してみましょう。

日本の国土地理院で発行されている数値地図は何種類かありますが、そのいちばん細かいものは「50mメッシュ数値地図」と呼ばれるものです。これは、簡単に言えば日本全国を50m間隔のネット(メッシュ)で覆い、そのメッシュの形で地形を表現した立体地図、というものです。
 この50m間隔の立体数値地図は、簡単に言えば、地理の教科書で習った2万5000分の1の紙の地形図の上に縦横50m間隔で線を引き、その線の交差するところの標高を、地図上の等高線をたどって読み取り、その読み取った標高を並べることによって作られたものです。
 ですから、その作成には膨大な時間がかかり、この50mメッシュの数値地図が全国整備されたのは、ようやく昨年のことなのでした。

これに対し、今回のシャトルのレーダー地形測量ミッションのメッシュ間隔は30m。30m間隔で日本のみならず、全世界のほとんど領域を覆ってしまうのです(全世界の約70%、人工密集地の約95%の領域)。
 さらに、その全世界のデータを取得するのは、今回のミッション期間のわずか10日間のみです。

つまり今回のミッションは、伊能忠敬にはじまる日本の測量技術をもってして、ようやく昨年こぎつけた50mメッシュ数値地図のさらに上を行く、30mメッシュの数値地図を、わずか11日間の測量で世界規模で整備してしまおう、という野心的なものなのです。

* ただし、国土地理院の名誉のために追記すると、今回作成される立体地図は高さ方向は16m刻みとなっていますが、国土地理院の50mメッシュ数値地図は0.1m刻みとなっています。つまり高さ方向の刻みの幅は、日本の立体地図の方が100倍以上細かいのです。また、シャトルの地図は建物があればその屋根の高さを測ることになりますが、日本の立体地図は地面の標高を測っています。このあたりの細かさは、丹念な仕事の成果といえるでしょう。

  新旧立体地図の解像度の比較

NASA Human Space Filght -NASA HSF Gallery より
 カリフォルニア州の太平洋岸を例に、これまでに使われてきた立体地図(下)と今回のミッションで作成される立体地図(上)の解像度の比較を示した図。これまで全球規模で整備されていた米国地質調査所作成の立体地図は水平方向約1000m、鉛直方向約100mの粗いものであったが、今回作成される立体地図は水平30m、鉛直16mの細かさだ。

 日本の数値地図関係の研究者からは、今回のミッションについて、「同じ精度で数値地図が作られるのは画期的なこと。今までの数値地図は元データの作成時期が違っていたり、既存のデータを組み合わせて作っていた。それが一度のミッションでできるのは精度の上からも好ましいであろう。」とのコメントをいただいた。

■ CD-ROM 15,000枚分、すばる5年分のデータを10日間でGET!

 日本の50mメッシュの数値地図はCD-ROM3枚組みで発行されています。これに対し、今回のミッションで取得されるデータ総量は約9.8テラバイト。CD-ROMを1枚650メガバイトとして換算すれば、約1万5千枚もの量になります。
 昨年日本がハワイに建設した「すばる望遠鏡」が1年間に取得するデータ量が約2テラバイトといいますから、今回のミッションはすばる約5年分のデータをわずか10日間で取りきってしまう計算になります。

この膨大なデータを処理するためにはさすがに多くの時間がかかり、このミッション終了後の地上でのコンピュータ処理(3次元画像化)には1年〜1年半もかかるそうです。
 それでも、これまでの地図作成方法に比べれば、驚くほど広範囲を驚くほどの速さで地図化できることになります。

この高精度3次元地形図は一般に公開され、地形を考慮に入れた地域的な天気予報、山岳部の森林分布量の正確な把握、航空機の安全航行、無線通信の見通しエリアの把握など、さまざまな分野での利用が期待されています。

  立体地図の作成範囲

JPL - SRTM Home Page - Shuttle Rader Topography Mission - Technical Fact Sheet より
 今回のミッションでの立体地図作成範囲。おおよそ北緯60度〜南緯56度の範囲で、地表面の約70%以上、人口密集地の約95%以上を覆う。

■ 60mあるマストの先のレーダーをミリ単位で制御

 それでは次に、この大量かつ高精度の立体地図はどのようにして作られるのでしょうか?
 そのヒミツはまず、シャトルから左舷方向に伸ばされる60mもの長さのマストにあります。このマストの先につけた船外アンテナと、シャトル本体のカーゴベイに取りつけられたメインアンテナの両方で同時に電波を受信し、両方のアンテナで受かる微妙な電波の違いを見ることによって、高精度の3次元データが得られるのです。

この方法は、「干渉法」と呼ばれるもので、電波望遠鏡の解像度を上げるために使われる方法と同じものです。VLBI(超長基線電波干渉法)やVSOP(スペースVLBI)と同じ原理のものです。この方法で高い解像度を得るためには、ふたつのアンテナをなるべく遠くに離したほうがよいので、今回のミッション用に国際宇宙ステーション用のアンテナを改良した60mの長さのアンテナが作られました。これは20階建てのビルの高さに相当します。このシャトル本体よりも長いアンテナは、2.9mの長さにまでアコーディオンのように縮められて打ち上げられ、12日8時26分から約17分かけて展開されました。

地表の細かな起伏を読み取るためには、この2つのレーダーアンテナの間隔と地表に対する角度を常に一定に保つ必要があります。アンテナには重力作用による外乱や、シャトルの軌道制御(スラスタ噴射)によるマストの揺れやしなりなどの振動が発生します。メインアンテナと船外アンテナのずれは±0.03度以内でなければならないという精度の高い制御が要求されています。

そして、そのアンテナの制御をするのが毛利さんの役目です。飛行期間中、毛利さんは船外アンテナの先にとりつけられたスラスタから常時少しずつ窒素ガスを噴射させることなどにより、60m先の300kgのアンテナをミリ単位で制御する任務につきます。

  レーダーマッピングの概念図

NASA Human Space Filght -NASA HSF Gallery より
 今回のレーダーマッピングの概念図。シャトル本体から発射した電波をカーゴベイのメインアンテナと60m先のマスト先端の船外アンテナの2か所で受信し、人間が両目で見るように地形を立体的に捉える。図をよく見るとわかるのだが、アンテナは地表と常に45度の角度を保つように制御される。また、操縦室の窓ガラスを宇宙空間を漂うスペースデブリから守るために、今回シャトルは船尾を前にして後ろ向きに飛行する。

60mの長さにのばされた伸縮式マスト

JPL - SRTM Home Page - Shuttle Rader Topography Mission - Images: Mast より
 シャトルのカーゴベイから左舷方向に引き出される伸縮式のマストを展開したようす。シャトル本体よりも長い60.95mもの構造物は、宇宙開発史上最大のものだ。

■ レーダー波を反射する三角錐を並べて、毛利さんの地図にしるしを残そう!

  毛利さんの出身地、北海道の余市町では、冬の間積雪で閉鎖される農道空港にレーダー反射板を並べて、今回のミッションで作成される立体地図に“M”字型を浮かび上がらせる計画がすすんでいます。

ここで使われる三角錐の形をしたレーダー反射板は、「コーナーキューブリフレクタ」と呼ばれるもので、直角三角形のアルミ板(アルミ箔でも可)を3つ貼り合わせたものです。このコーナーキューブリフレクタは、シャトルから発射される地形測量のためのレーダー波を強く反射する性質があるため、これをいくつか並べることによって、立体地図上に文字や記号を浮かび上がらせることができるのです。

これはもともと、あらかじめ緯度経度標高がわかっている場所に置くことにより、立体地図の位置の補正のために考案されたものですが、わずかな費用でシャトルのミッションに参加できるため、教育プログラムとして採用されたものなのです。

宇宙開発事業団では、この「レーダー電波反射実験教育プログラム」への参加者の募集を11日から開始しています。また、コーナーキューブリフレクタの作り方は、宇宙開発事業団や国土地理院のWebページに掲載されています。

 

コーナーキューブリフレクター

余市宇宙記念館 - 余市の地図データに「M」刻印 レーダーメッセージ より
 このアルミ製の反射板を並べることにより、立体地図にしるしを残すことができる。余市町では、ライトをM字型に灯す「
ライトメッセージ」もあわせて行なわれる。

レーダー電波反射実験教育プログラムの解説
宇宙開発事業団 - レーダ電波反射実験教育プログラム
国土地理院 - 国土地理院反射実験ホームページ毛利飛行士と一緒に地球を見よう
余市宇宙記念館 - 余市の地図データに「M」刻印 レーダーメッセージ, ライトメッセージ

■ エンデバーはすでにマストを展開し、レーダー地形測量を実施中

打ち上げ後のエンデバーは、すでに地球周回軌道に乗り、12日8時26分に縮められていたをマストを伸ばしはじめ、おおよそ17分かけてすべて展開し終えました。
 また、操縦室の窓ガラスを宇宙空間を漂うスペースデブリから守るために、今回シャトルは船尾を前にして後ろ向き飛行する
のですが、その方向転換作業も2日9時06分に完了しました。
 そして、日本時間2月12日14時31分、ついにレーダー地形測量を開始しました。最初の観測は、アジアの南部から行なわれ、大陸の東の海岸から北太平洋へ抜けるまでつづけられました。
そして、12日18時現在、すでにアメリカの約半分に相当する面積の観測を終えています。

 いよいよはじまった、今回のレーダー地形測量ミッションや毛利さんのようすは、この後も逐次報告していきたいと思います。

関連リンク
宇宙開発事業団 - STS-99 毛利宇宙飛行士、再び宇宙へ- SRTMとは, SRTMの観測原理, レーダー電波反射実験教育プログラム
国土地理院 - 国土地理院反射実験ホームページ毛利飛行士と一緒に地球を見よう
余市宇宙記念館 - 余市の地図データに「M」刻印 レーダーメッセージ, ライトメッセージ
My Home Gallery - スペース・シャトルSTS-99特集ページ
NASA-TV - 中継サイト一覧
横浜こども科学館 - 宇宙・天文ニュース - スペースシャトルの打ち上げ
倉敷科学センター - 毛利さんが搭乗するシャトルをみてみよう
AstroArts
天文ニュース
Oct. 26, 1999 毛利氏搭乗エンデバー打ち上げは2000年1月25日に
           実際の打ち上げは2000年2月12日
Dec. 20, 1999 ディスカバリー執念の打ち上げ成功HST修理へ
Jan. 27, 2000 スペースシャトル・エンデバーの打ち上げ準備が整う
Jan. 27, 2000 毛利宇宙飛行士との音声交信イベント
Feb. 1, 2000 今晩もシャトル打ち上げTV中継
Feb. 2, 2000 エンデバーの打ち上げが2月10日以降に延期 (Florida)
Feb. 2, 2000 雲に映るエンデバーの影 (Florida)
Feb. 3, 2000 エンデバーの打ち上げは12日? (Universe Today)
Feb. 3, 2000 エンデバーの打ち上げは日本時間12日 (NASDA)
Feb. 4, 2000 エンデバーの打ち上げ日時が決定 (NASDA)
Feb. 12, 2000 スペースシャトル・エンデバー打ち上げ成功毛利さん2度目の宇宙へ
毛利シャトル連載
・ 毛利シャトル連載第1回 エンデバー打ち上げライブ中継を見てみよう
・ 毛利シャトル連載第2回 毛利さんの乗るエンデバーを見つけてみよう
・ 毛利シャトル連載第3回 EarthKAMでシャトルに乗った気分に!