エルクロスによる月面衝突実験で、月に水銀などを検出
【2010年10月29日 JPL】
NASAは、昨年9月に実施された月探査衛星エルクロスによる月面衝突実験で、衝突でできた噴出物から水銀や水、二酸化炭素、また微量ながらカルシウムやマグネシウムなどが検出されたことを発表した。
アポロ宇宙船の宇宙飛行士が地球へ持ち帰った月の石からは、わずかに水の存在が発見されたが、地球の石に比べればはるかに乾燥している状態であった。その理由は、数十億年前に地球に火星サイズの惑星が衝突して月ができたためと考えられている。破片同士が合体して月となったが、一連のプロセスで発生した熱によって月の物質に含まれていた水はすべて蒸発したと考えられているのだ。
しかし、月面に水が存在するかもしれない特別な場所があった。それは、両極にある永久影だ。太陽に対する月の向きの関係から、クレーター内部には常に日が当たらない領域がある。そのためひじょうに低温で、揮発性物質が留まっているかもしれないという理論が生まれた。そこに凍ったまま溜まっている物質は、彗星がもたらした水の氷、または彗星に含まれていたほかの物質が太陽風と反応を起こす可能性もある。
NASAの月探査機ルナー・リコナサンス・オービター(LRO)に搭載されている「Diviner(水脈・鉱脈の予測師)」の名がつく放射計(DLRE)は2009年に、月の南極領域が1年間のうちでほぼ最高温度に達する9月から10月にかけて観測を行い、同領域の温度分布を明らかにした。その結果、複数のクレーターが集中する場所では、水の氷やそのほか彗星に観測される化合物などが数十億年以上も凍ったまま存在できるほどの低温であることがわかったのである。
Divinerから送られてきたリアルタイム・データをモニターしていたDivinerチームのメンバーで、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校の大学院生Paul Hayne氏は「わたしたちは、月の南極の広大な領域は、水だけでなく、亜硫酸ガス、二酸化炭素、ホルムアルデヒド、アンモニア、メタノール、水銀、およびナトリウムなど揮発性で沸点の低い物質がじゅうぶんに存在できるほどの低温であると結論づけました」と話している。
また、Divinerの主任研究員で同校のDavid Paige氏は「永久影の温度は想像以上に低かったのです。わたしたちのモデルは、究極の低温とも言えるような条件下なら水の氷がほぼ安定的に存続できる可能性を示しています。おそらく、量も相当なものかもしれません。これらの領域は、表面下で安定的に存在している広大な永久凍土層に囲まれているのでしょう」と興味深い予測を述べている。
こうしたDivinerの観測結果を受けて、2009年10月9日にNASAの月探査衛星エルクロスは南極領域でもっとも低温のクレーター「カベウス」目掛けて時速9000km以上で衝突、噴出物は19kmもの高さにまで巻き上がった。ほとんどの物質は秒速1.9kmとひじょうに速い速度で噴き出したと見られている。
衝突から数十秒後、LROに搭載されているライマン・アルファマッピング装置(LAMP)が複数の紫外線波長で噴出を観測し、水素原子などに見られる特有のスペクトルを探した。
その結果、130〜170nmの波長域の放射が検出された。これは噴出物中の水素や一酸化炭素によって太陽光が蛍光発光したためである。また、噴出物中の水銀原子(および、量は少ないがカルシウムやマグネシウム)による太陽光の散乱を示す180〜190nmの波長域の放射も検出された。これらの物質の量は、噴出して掘り起こされた物質の1パーセントほどと見られている。
LAMPチームのメンバーで、米・サウスウエストリサーチ研究所のKurt Retherford氏は「水銀の検出にはもっとも驚きました。特筆すべきは、エルクロスが検出した水と同じくらい豊富に存在している点です」話す。
NASAのゴダード宇宙センターでLROミッションにたずさわる研究者Richard Vondrak氏は「LROとエルクロスによる一連の観測によって、月は興味深い複雑な環境であることが示されました。この知見によって、研究と探査の新たな分野への扉が開かれました」と話している。