星形成の運命を決めた天の川銀河の棒構造
【2022年9月16日 国立天文台CfCA】
私たちが住む天の川銀河は、中心部の星々が細長い楕円体状に分布する「棒状構造」を持った棒渦巻銀河であることが観測からわかっている。この棒状構造は、天の川銀河の広い範囲で星やガスの運動に影響を与えているはずだ。
近年、位置天文衛星「ガイア」などによって天の川銀河の一つ一つの星々の位置と運動が精密に観測されるようになり、棒状構造の大きさや回転速度が明らかになってきた。しかし、天の川銀河の歴史の中で棒状構造がいつごろ生まれ、どのような変化を経てきたのかは全くわかっていない。その大きな理由は、棒状構造の“歴史の痕跡”が現在の天の川銀河にどう残されるのかがわからないためだ。
国立天文台の馬場淳一さんたちの国際研究チームは、国立天文台の天文学専用スーパーコンピューター「アテルイII」を使い、星やガス雲どうしに働く重力だけでなく、星形成や超新星爆発で銀河物質が加熱される効果なども盛り込んだ銀河進化のシミュレーションプログラム「ASURA」を用いて、天の川銀河の3次元重力多体・流体シミュレーションを行った。この計算によって、棒状構造の誕生や進化が銀河の星形成や星の年齢分布にどう影響を与えるのかを調べた。
馬場さんたちのシミュレーションの結果、天の川銀河に棒状構造ができるとすぐに、回転の勢いを失った大量の星間ガスが銀河中心のごく狭い領域に流れ込み、爆発的に新たな星形成が起こることがわかった。また、普通の銀河バルジ(円盤銀河の中心部のふくらみ)よりずっと小さな「中心核バルジ」ができることや、棒状構造の部分ではガスが失われ星形成活動が急激にストップすることも明らかになった。
つまり、棒状構造ができることで、銀河内部の場所ごとに星形成の活発さが違ってくるようなのだ。
さらに、銀河内を公転する星々が棒状構造と周期的に出会うことで軌道が大きく変化する「軌道共鳴」が起こり、銀河円盤から垂直な方向に星が散乱されて、棒状構造の断面が「ピーナッツ形」になることも示された。
ピーナッツ形の星の分布は実際に天の川銀河の観測で見つかっているが、これまでは星々の速度差が大きいために一種の不安定性が生じて、棒状構造が「へ」の字型に“たわむ”のだと考えられてきた。今回の研究は、棒状構造による軌道共鳴でピーナッツ形分布ができるという新たなメカニズムを示唆するものだ。
もし、天の川銀河に棒構造が生まれることで爆発的星形成が起こる領域と星形成が止まる領域ができるのであれば、星々の年齢構成も銀河内の場所によって違ってくるはずだ。こうした年齢分布の違いを観測で明らかにできれば、天の川銀河に棒構造がいつ形成されたかを推定できるかもしれない。
今回の結果を観測で裏付けるためには、天の川銀河の星々の位置と運動を、より遠距離まで、より精密に知る必要がある。天の川銀河の中心部や銀河面から離れた領域は「ガイア」である程度の観測が可能だが、中心核バルジの領域は星間物質が濃く存在するために可視光線が強く吸収され、見通すことが難しい。こうした領域の星の分布を明らかにするには、星間物質を透過できる赤外線で世界初のアストロメトリー観測を行う日本の位置天文衛星「JASMINE」(2028年打ち上げ予定)が大いに役立つと期待される。
〈参照〉
- 国立天文台CfCA:スーパーコンピュータが見つけた天の川銀河の変動史を知る鍵
- MNRAS:Age distribution of stars in boxy/peanut/X-shaped bulges formed without bar buckling 論文
〈関連リンク〉
関連記事
- 2024/12/09 太陽系が安全地帯に運ばれたのは、天の川銀河の変化のおかげ
- 2024/09/19 鮮やかにとらえられた天の川銀河の最果ての星形成
- 2024/07/04 天の川銀河の衛星銀河は理論予測の倍以上存在か
- 2024/06/10 ダークマターの塊が天の川銀河を貫通した痕が見つかった
- 2024/03/07 天の川銀河に降る水素ガス雲は外からやって来た
- 2024/02/08 初期宇宙のクエーサーから強烈に噴き出す分子ガス
- 2024/01/19 天の川銀河の折り重なる磁場を初めて測定
- 2024/01/16 最遠の渦巻銀河の円盤に伝わる震動を検出
- 2024/01/09 最遠方銀河で理論予測を超える活発な星の誕生
- 2023/11/21 太陽系が生まれた場所は今より1万光年も銀河の内側
- 2023/09/26 天の川銀河中心の分子雲の距離と速度を精密計測
- 2023/09/25 銀河中心ブラックホールのジェットが抑制する星形成
- 2023/09/12 天の川銀河の中心から遠い星ほど重元素は少ない
- 2023/08/08 三つ子の赤ちゃん星にガスを届ける渦状腕
- 2023/07/20 132億年前の銀河の暗黒星雲と巨大空洞
- 2023/07/12 昔ながらの環境が残る星団の「人口調査」
- 2023/07/07 棒渦巻銀河の棒は、星形成を抑制する
- 2023/06/06 星屑の再利用で成長し続ける太古の巨大銀河
- 2023/03/30 宇宙で最初の星はひとつではなかった
- 2023/02/16 磁力線を巻き込み成長する赤ちゃん星