すばる望遠鏡が真価を発揮−新補償光学システムによる試験観測に成功
【2006年11月21日 すばる望遠鏡】
補償光学は、大気のゆらぎをリアルタイムで補正する技術だ。ハワイのすばる望遠鏡にも用いられているが、このたび2世代目の補償光学システムの開発と試験観測に成功した。このシステムを使うことにより、すばる望遠鏡の解像度は10倍になり、大気が存在しない場合の理論的解像力に匹敵する。さらに、従来と違って、どんな方向の空でも大気のゆらぎを補正できるようになる。
地上に存在する超大型望遠鏡は、必ずと言っていいほど補償光学システムを搭載している。望遠鏡が新しい成果を出すと、望遠鏡や撮影システムの性能と同じくらい、ときにはそれ以上に補償光学装置システムの寄与が強調されることが多い。どれだけ大気のゆらぎが少ない土地を選んで望遠鏡を建設しても、本来の性能を発揮させることは難しい。すばる望遠鏡の場合、理論上は波長2マイクロメートルの近赤外線を0.06秒角という解像度で観測できるにもかかわらず、実際には平均で0.6秒角となってしまう。
補償光学装置は、おもに「波面センサー」と、数か所で制御される薄鏡の「可変形鏡」で構成されている。まず、波面センサーが望遠鏡を通した星の光を受光し、大気のゆらぎに対応する波面のゆがみを検出する。すると、可変形鏡がそのゆがみを打ち消すように制御される。これまですばる望遠鏡に搭載されていたのは、36素子補償光学装置だ。波面センサーは星の光を36分割して測定し、可変形鏡はそれに対応する36か所で制御されている。
しかし、すばるの36素子補償光学装置には数々の限界があった。シーイングが悪いと補正が難しいほか、可視光に対して補正することは不可能であった。そして何より、大気のゆらぎを検出するためには明るい恒星を観測しなければいけない。そのような恒星を視野に入れながら観測できる空の領域は、全天のわずか1%。ほかの領域では、補償光学装置を使うことができなかったのだ。
こうした欠点を克服するために、国立天文台の家正則教授を中心としたチームは平成14年度から第2世代の補償光学システムを開発してきた。新しくなるのは、光の測定と鏡の制御が36か所から188か所へと大幅に増加すること(188素子補償光学装置)、そしてレーザーによって人工的に星を作り出せること(レーザーガイド星生成装置)だ。
高見英樹助教授が中心となって開発された188素子補償光学装置は、ひじょうに繊細だ。波面センサーは、光を188分割する188の小さなレンズの集合体、それを伝える188の光ファイバー、そして188の光ダイオードからなり、組立調整には細心の注意を要したという。さらに、直径130ミリメートル・厚さ2ミリメートルの特殊素子で作られた薄鏡が、電圧を受けて伸び縮みする。補正は毎秒1000回繰り返される。
188素子補償光学装置を用いて試験観測を行ったところ、波長2マイクロメートルの近赤外線で0.063秒角という解像度が達成されたという。理論値が0.06秒角なので、まさに真価を発揮できるようになったといえるだろう。これまで補正が不可能だったシーイングの悪い気象条件や、可視光観測における補正も可能となる。
一方、早野裕上級研究員をリーダーとして開発されたレーザーガイド星生成装置は、高出力レーザーを出力して高度90キロメートルに存在するナトリウム原子を発光させ、人工的に星を作ることができる。同種の装置を採用するのは、8メートル級望遠鏡としては世界で4例目となる。レーザーの生成には、2種類のレーザーを特殊な光学結晶に同時に入射することで最適な波長のレーザーが出力されるという「偶然」を利用し、口径50センチメートルの送信望遠鏡までの伝送には日本で開発された最先端の光ファイバーを採用した。
人工ガイド星を生成することで、これまで同じ視野に恒星がなかった天体の観測にも補償光学が活かせる。恒星が少ない天の領域は、天の川銀河の外を見通せる領域でもある。すなわち、今後は遠方の銀河、とりわけクエーサーやガンマ線バーストの観測がより高い解像度で実現することになりそうだ。