粒子の加速を電磁波が仲介する瞬間を磁気圏で初検出
【2018年9月11日 JAXA】
地球を取り巻く「磁気圏」には、水素やヘリウム、酸素などの原子が電子をはぎ取られた「プラズマ」として存在している。また、さまざまな種類の電磁波も自然発生している。こうした磁気圏のプラズマ粒子が磁場と相互作用しながら高いエネルギーを持って地球の高層大気に飛び込むとオーロラが発生する。
磁気圏プラズマの粒子は個数密度が1cm3あたりおよそ1個ときわめて希薄で、プラズマ粒子同士が衝突することはほぼ全くない。このため、磁気圏の中で荷電粒子が高いエネルギーを得るためには、粒子同士の衝突ではなく、粒子と電磁波の間で何らかの形でエネルギーの受け渡しが起こっているものと考えられている。しかし、粒子と電磁波の相互作用を観測で直接とらえた例はこれまでほとんど存在しなかった。
東京大学大学院の北村成寿さん、東北大学大学院の北原理弘さん、名古屋大学宇宙地球環境研究所の小路真史さんたちを中心とする国際研究チームは、磁気圏で発生している電磁波のうち、「電磁イオンサイクロトロン波動(EMIC波動)」と呼ばれる電磁波に注目し、この電磁波とプラズマ粒子の相互作用を調べた。EMIC波動は地球磁場の磁力線に沿って伝わる電磁波で、電磁場が左回りに回転しながら伝播する「左旋偏波」である。一方、磁気圏プラズマの水素イオン(H+)やヘリウムイオン(He+)といった荷電粒子もやはり、磁力線に巻き付いて左回転しながら運動する性質を持っている。このため、EMIC波動と荷電粒子の間で回転の速さが一致すれば、共鳴が起こってエネルギーがやり取りされると予測される。
北村さんたちは、電磁波と粒子の間で実際にエネルギーの輸送が起こっているかどうかを判別するために、粒子の観測データと電磁波の観測データからエネルギーの輸送率を求める「WPIA手法」と呼ばれる新たな方法を使うことにした。これは2009年に日本の研究グループによって初めて考案された手法だ。これまでは単に電磁波の変化と粒子の変化をモニター観測するだけだったため、両者の変化がたまたま同時刻に起こっただけなのか、それとも両者の間でエネルギー交換が起こっているのかを見分けることができなかったが、この手法を使えば、電磁波と粒子の間でエネルギーがやり取りされていることを直接判別できる。
北村さんたちは、2015年に打ち上げられたNASAの磁気圏観測衛星「MMS」のデータを分析に用いた。MMSミッションは4機の衛星が磁気圏の中を編隊飛行しながら観測を行うもので、衛星に搭載されている低エネルギーイオン分析装置は、荷電粒子のエネルギーと到来方向を非常に短い時間間隔で観測できる。装置の設計・開発はJAXA宇宙科学研究所が担当した。
観測データを分析した結果、磁気圏プラズマの水素イオンからEMIC波動に向かってエネルギーの輸送が起こり、それと同時にEMIC波動からヘリウムイオンに向かってやはりエネルギーが輸送されている現象を検出することに成功した。つまり、EMIC波動という電磁波を仲立ちとして、水素からヘリウムにエネルギーが運ばれたことになる。粒子から電磁波に向かってエネルギーが運ばれていることを示したのはこれが世界2例目で、電磁波から粒子に向けてのエネルギー輸送を直接観測できたのはこれが世界初だ。
「地球周辺の宇宙空間で電磁波と荷電粒子の相互作用によって、粒子同士が衝突することなく、エネルギーが輸送されているというデータを得ることに成功しました」(北村さん)。
今回用いられた研究手法は、JAXAのジオスペース探査衛星「あらせ」などでこれから得られることが期待される磁気圏の様々な観測データの分析にも応用が可能であり、日本がこの分野の研究をリードする基盤となることが期待される。
「本研究により、電磁波と高エネルギー電子の複雑な相互作用についての理解が進む道筋がついたと思います。人類の活動領域が地上だけでなく地球周辺の宇宙空間まで広がった現在、私たちを取り巻く環境を理解することは、今後、宇宙空間をさらに賢く利用する上でも大切なのです」(JAXA宇宙科学研究所 齋藤義文さん)。
(文:中野太郎)
〈参照〉
- JAXA:水素イオンからヘリウムイオンへ、電磁波を介したエネルギーの輸送
- ファン!ファン!JAXA!:MMS 衛星成果論文の「Science」誌掲載に関する説明会
- Science:Direct measurements of two-way wave-particle energy transfer in a collisionless space plasma 論文
〈関連リンク〉
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