天の川銀河の中心部に「ぶたのしっぽ」分子雲
【2012年9月5日 国立天文台】
国立天文台野辺山の45m電波望遠鏡を用いた観測で、特異ならせん状構造を有する分子雲が見つかった。その形状から「ぶたのしっぽ(pigtail)」分子雲と名付けられている。
研究の背景
私たちの住む天の川銀河の中心から半径約600光年の領域は、恒星とその材料となる分子ガスが大量に密集している。分子ガスは濃密な「分子雲」となり、銀河中心核の周りを主に2種類の楕円軌道に沿って運動していると考えられている(画像1枚目)。
一方は、天の川銀河の中心にある長さ約12,000光年の棒状構造と平行方向に伸びた楕円軌道群で、もう一方はそれと垂直方向に伸びた楕円軌道群だ。これらの軌道群に沿ってガスが運動しており、軌道群が銀河円盤上で交差している2つの位置では分子雲同士の衝突が頻繁に起こる。この分子雲同士の衝突によってガスが圧縮され、活発な星形成活動の引き金となる可能性が過去の研究で指摘されている。
また、これまでの電波観測から、銀河円盤面に対して垂直な方向に伸びた電波源がいくつも銀河中心領域に確認されており、銀河円盤に垂直に伸びる磁力線の束がこの場所に存在していることを示している。
しかし、その垂直磁場が半径約600光年の銀河中心領域全域にわたって存在しているのか、あるいは局所的なものなのかは、長らく議論の的となっていた。
「ぶたのしっぽ」を発見
慶應義塾大学の松村真司氏、岡朋治准教授らの研究チームは、国立天文台野辺山45m電波望遠鏡のデータの精査中に、大きさ約60光年×60光年に及ぶらせん形の分子雲の存在に気づいた。
その形状から「ぶたのしっぽ」と名付けられた分子雲は、南米チリにある国立天文台アタカマサブミリ波望遠鏡(ASTE(アステ))でも追観測が行われた。すると「ぶたのしっぽ」分子雲の明瞭で美しいらせん構造が姿を現し、この分子雲に太陽数十万個分という大量のガスが含まれていることが明らかになった。この分子雲が周囲に比べてやや高温・高密度であることや、衝撃波でできる一酸化ケイ素の存在度が上昇していることから、この周辺で激しい衝撃が起こったと考えられる。
さらに「ぶたのしっぽ」分子雲の根元には、秒速40kmと110kmの速度(地球に近づく方向の成分)を持つ2つの分子雲が重なっていた。つまり「ぶたのしっぽ」分子雲と重なる位置で、これら2つの分子雲を橋渡しするガスが検出されたことになる。
推測される形成シナリオ
研究チームでは2つの巨大分子雲の衝突が「ぶたのしっぽ」分子雲の形成に深く関わっていると考え、次のような形成シナリオを提唱している。
- 銀河中心核の周りの主要な2種類の楕円軌道に沿って運動する2つの巨大分子雲に、銀河円盤に対して垂直な磁力線の束が挟まれる。
- こすれるように衝突する2つの巨大分子雲により、磁力線の束がねじられ、らせん状になる
(たとえば、まっすぐなヒモを、親指と人差し指でねじると、徐々にらせん構造が形成されるが、それと似たことが、はるか宇宙のかなた、天の川銀河の中心で起こっているといえる)。 - らせん形状の磁力線の束に捕捉された分子ガスが「ぶたのしっぽ」分子雲を形成する。
また研究チームでは、「ぶたのしっぽ」分子雲形成のもとになった1mG(ミリガウス)程度の垂直磁場は、局所的に分布していると考えている。磁場が分子雲の場所以外にも広く分布していると、今回発見されたようならせん構造は作られにくいと理論的に予想されるからだ。さらに「ぶたのしっぽ」分子雲の成長に必要な時間は180万年程度と見積もっており、2つの巨大分子雲が衝突している時間と同程度となっている。
今回の研究成果の意義
今回の研究成果の重要な点は2つある。1つは、天の川銀河の中心部において、棒状構造に起因する2つの軌道群の交差がこの位置で確かに起こっていることが示された点、もう1つは、同領域を貫く1mG程度の垂直磁場が「局所的」であることが示された点である。
これまでにも銀河中心の周辺で2つのらせん構造が発見されているが、「ぶたのしっぽ」分子雲は、他の2つよりもはっきりとしたらせん構造を持っている。さらに「ぶたのしっぽ」分子雲は銀河系円盤面近くにあることから、円盤面内の分子雲の動きや磁力線の構造を探る重要な手がかりとなった。
磁力線に関連した構造は、太陽表面から活動銀河核からのジェットに至るまであらゆる種類の天体において見られる。宇宙磁場の研究は、さまざまな天体の形成を理解するうえで重要な意味を持っているが、今回の研究によって、天の川銀河の中心部における宇宙磁場の役割についての重要な知見が得られたといえる。