「あかり」の赤外線観測でとらえた星間有機物の進化
【2014年3月26日 宇宙科学研究所】
天の川銀河内に広く豊富に分布し、生命の起原物質のひとつとしても注目される有機物分子「PAH」。赤外線天文衛星「あかり」のデータから、このPAHの大きさを推定する手がかりや、周囲の環境に応じて変成を受け構造が変わっていくようすが明らかになった。
宇宙空間に存在する「多環芳香族炭化水素」(PAH)は、炭素や水素原子が数十から数百個集まってできる有機物で、その大きさや構造によりさまざまな種類が存在する。PAHは隕石や彗星、星間空間や遠方の銀河といった多種多様な環境に豊富に存在し、その豊富さと、初期地球の過酷な環境に耐えうる強靭さから、われわれ生命のもととなった物質の候補のひとつとして注目されている。
東京大学大学院の森(伊藤)珠実さんらの研究グループは赤外線天文衛星「あかり」の観測データから、天の川銀河の中で活発に星形成が行われている36個の「HII領域」(注)において、星の光で暖められたPAHが放つ近赤外線を調べた。
その結果、PAHの炭素‐水素結合による波長5.25μm前後のかすかな放射バンドの存在が、初めて確実なものとして明らかになった。この波長帯の観測は、星間空間に存在するPAHの大きさを測定する指標として有効と期待される。
この研究では他にも、3.3〜3.6μmに現われる放射バンド群のスペクトルの形の違いから、PAHが星からの紫外線に照らされて「変成」を受け、構造が変化していくようすを多数のサンプルからとらえることに初めて成功した。
また、スペクトルの特徴から示唆される星間空間の物理環境と、「あかり」の全天観測データから得た赤外線カラー(2つの波長での明るさの比)とを比較したところ、これらの領域で有機物を含む星間ダストの組成の変化が起こっている可能性が見出されている。
今回の成果は、宇宙の物質進化をひもとく星間物理学の分野において、特に有機物や氷といった星間ダストの研究にひじょうに有用なものとなることが期待される。
注:「HII領域」 若い大質量星から放射された紫外線が周囲のガスを電離し、明るく輝いている領域。天文学などの分野では電離した水素原子のことをHII(エイチツー)と呼ぶことから、このような名称がついている。