星雲にしかなかった分子、土星の衛星タイタンで発見
【2020年11月4日 NASA】
土星の衛星タイタンは、窒素を主体に少量のメタンを含む濃密な大気に包まれている。これらの分子が太陽光で分解されることで様々な有機物が生成されており、以前から注目を集めてきた。これまでにタイタンで見つかった物質は多岐にわたるが、今回新たに検出された分子は変わり種だ。
その分子は炭素と水素で構成される「シクロプロペニリデン(C3H2)」。アルマ望遠鏡でタイタンを観測したNASAゴダード宇宙飛行センターのConor Nixonさんたちは、この分子が見つかったことについて驚きを隠さない。C3H2はすぐに他の分子と反応してしまうため、これまでは非常に希薄で極低温の星間空間でしか見つかっていなかった。それに比べれば、地球よりも気圧が高いタイタンの大気は、化学反応の巣窟のようなものだ。
Nixonさんたちが少量のC3H2を検出できたのは、気圧が比較的低いタイタンの上層大気を調べていたからではないかとみられている。ただし、C3H2がタイタン以外の天体の大気で見つかっていない理由は不明だ。「タイタンは太陽系の中でも唯一無二の存在です。新しい分子の宝庫であることがはっきりしました」(Nixonさん)。
アルマ望遠鏡が本当にC3H2の信号をとらえていたのかを確認するため、NixonさんはNASAの土星探査機「カッシーニ」の観測データを分析した過去の論文を調べた。カッシーニは2004年から2017年にかけてタイタンへの接近飛行を127回も実施しており、同探査機に搭載されていた質量分析計はタイタン周辺を漂う様々な分子の徴候をとらえている。検出された分子の正体については不明なものも多いが、Nixonさんはその中にC3H2が荷電してできたC3H3+が存在することを突き止めた。
タイタンはいくつかの点で、既知の天体の中で最も地球に似ているものといえる。厚い大気に加え、空には雲が浮かんで雨が降り、湖や川も見られ、地下には海まで存在する。大気上層で生成された有機物が地上や地下の海にまで運ばれているとしたら、生命の誕生につながっている可能性もある。
シクロ(Cyclo)プロペニリデンという名前が物語るとおり、C3H2は3つの炭素原子が閉じた環を作っている「環式化合物」だ。C3H2自体は現在知られている生物反応には関与しないが、環式化合物は生命の遺伝情報を運ぶDNAや、同じく生体内で重要な役割を担うRNAの鎖を構成する重要な物質である。タイタンでC3H2以外に見つかった環式化合物はベンゼン(C6H6)しかない。炭素6個からなるベンゼンは、惑星や衛星の大気中で見つけることのできる最小の環状有機化合物だと信じられていたが、C3H2にその座を奪われることになった。
「C3H2は実に奇妙な小さい分子で、高校の化学の授業や大学の講義にはまず登場しません。地球にいる私たちが遭遇することもまずないでしょう。ですが、このような小さなかけらの一つ一つが、タイタンで起こっている森羅万象のパズルを組み立てるのに役立つのです」(NASAジェット推進研究所 Michael Malaskaさん)。
〈参照〉
- NASA:NASA Scientists Discover ‘Weird’ Molecule in Titan’s Atmosphere
- The Astronomical Journal:Detection of Cyclopropenylidene on Titan with ALMA 論文
〈関連リンク〉
- アルマ望遠鏡
- カッシーニ
- アストロアーツ:
- 【特集】土星(2020年)
- 天体写真ギャラリー:2020年 土星
関連記事
- 2023/08/03 タイタンの砂は有機物の微粒子からできたのかも
- 2020/12/28 氷天体の環境を左右するガスハイドレートの形成
- 2020/06/15 予測より速く土星から遠ざかるタイタン
- 2020/03/11 土星にタイタンしか巨大衛星が存在しない理由
- 2020/02/17 銀河宇宙線がタイタンの大気深くまで届いている証拠を発見
- 2019/07/05 タイタンをドローンで探査する新ミッション「ドラゴンフライ」
- 2019/04/22 小さく深い、タイタンの湖
- 2018/10/02 タイタンのダストストーム
- 2018/03/09 タイタンや原始地球を覆う「もや」の生成過程を解明
- 2018/01/12 タイタンの新しい地図から見えた地形の特徴
- 2017/11/29 急冷化したタイタンのホットスポット
- 2017/10/19 タイタンで起こる激しい嵐と、雲中の有毒なハイブリッド氷
- 2017/08/17 「タイタン」に別れを告げる「カッシーニ」
- 2017/08/02 衛星「タイタン」に、生命に関わる2種の分子
- 2017/05/23 川で知る、地球・火星・タイタンの地形の歴史
- 2017/04/26 「カッシーニ」、最後のタイタン接近完了、いよいよ最終ミッションへ
- 2017/03/21 タイタンの「魔法の島」の正体は、窒素の泡かもしれない
- 2014/10/27 タイタン大気中の有機分子の分布に偏り
- 2014/09/02 タイタンの湖につながる地下プロセスに新仮説
- 2014/08/13 海上を横断する雲が発生、衛星タイタンの北半球に夏の訪れか