南緯45度の星空案内人
第11回 「なんだかおかしい南半球で見える星座の名前」

Writer: 米戸実氏

《米戸実プロフィール》

1964年大阪生まれ。子供の時から南半球に興味を持ち始め、ハレー彗星はニューカレドニアへ。卒業後にニュージーランドへ冒険旅行に出て、旅行と南半球にすっかりはまる。両国の旅行会社に勤務し、現在クイーンズタウンでスターウオッチングツアーを運営する傍ら、オーロラ撮影に熱中。

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小学校に入った頃から1等星の名前を覚え始めた記憶があります。その名前は個性的でとてもかっこよく聞こえました。レグルス、アルクトゥールス、デネブ、アルタイル、ベガ、ベテルギウス……、語源はもちろん、どこの言葉なのかも分からなくても、とにかくかっこいいものでした。白人として生まれていれば、自分の子供に星の名前をつけていたかもしれないくらい、かっこよかったわけです。

同じく日本で見える星座の名前も、さすがギリシア神話にちなんだかっこいい名前が並んでいました。ペルセウス、アンドロメダ、オリオン、カシオペア、ヘルクレスといったカタカナの名前が付いた星座を筆頭に、しし、さそり、はくちょう、わし、おおいぬ、こいぬ、おおぐま、こぐまといった、動物の名前が付けられた星座名もそれなりにかっこよくて、これらの星座が夜空に浮かんでいると思うだけで、乙女チックな気分にもなったものです(笑)。

しかし、第6回でも少し触れたように、天の南極付近、つまり南半球を代表する星座の名前はかなり庶民的です。星座は全天で88個ありますが、南半球の星座のうち11個は、1603年にドイツ人の天文学者バイエルによって命名されたようです。しかし、北半球に住むバイエルが南半球の星座を名付けたのには少し疑問があります。はたして、実際に南半球に住んで、そこで命名したのかと思いきや、実は16世紀の大航海時代に残された航海日誌や、当時の船員たちの間で合言葉になっていたものなどを、抜粋しただけだとも言われています。

1492年にコロンブスがアメリカ大陸(後に西インド諸島と判明)を発見して以来、大航海の時代を迎えますが、あのマゼランが船長を務めていたころはまだ羅針盤がなかったために、航海にはかなりの経験と勘、そして夜は星座が道標になっていたようです。1500年代初頭にインドネシアへの航路が開拓され、香辛料が貿易船でヨーロッパに運ばれます。アフリカ大陸南端の喜望峰を通ってインド洋に入ると、南緯35度付近の航海が続きますが、この緯度では当然北極星は地平線の下ですから、目印になる南極星なる星を探したことでしょう。しかし、天の南極付近には明るい星がまったくありません。あるのは5等星と6等星で作られる台形のみ……。決して役には立たなかったと思います。

そこで登場するのが、天の南極の位置を教えてくれるもの。そう、ご存知、みなみじゅうじ座とマゼラン星雲です。十字の上の星と下の星を結び、下の星の方向に4.5倍伸ばせば、天の南極のすぐそばまでたどり着けます。また、2つのマゼラン星雲を使って正三角形を描くと、3つ目の頂点に天の南極があります。

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天の南極周辺に位置して、日本はもちろん北半球のどこからもほとんど見ることのできない4つの星座を紹介しましょう。まず、はちぶんぎ座は天の南極を含む星座ですが、「ところで『はちぶんぎ(八分儀)』ってなに?」と思われたかもしれません。私も何かを8つに分けたのだろうと推測しましたが、その正体はまったく分かりませんでした。その正体を知ったのは、初めて南半球で望遠鏡の極軸を合わせようとした1986年、ハレー彗星が回帰した時のことです。

当時の極軸望遠鏡は北半球専用となっており、そのスケールを使ってはちぶんぎ座の台形から天の南極を導き出すのは至難の業でした。事前の下調べで何度もこのはちぶんぎ座が登場したので、八分儀とは何かを調べたことを思い出します。これは、太陽や星など天体の高度を測定し、緯度を知るための道具です。ヨーロッパから喜望峰を回りインド洋に出た船は、モルッカ・香辛料諸島に達するまでこの道具を使って緯度を調べていました。ロマンたっぷりな話で、今から500年も前にこのような物語があったこと自体凄いことだと思います。インド洋も広いですから、航路探索は大変だったでしょう。

はちぶんぎ座以外の3つの星座は、カメレオン座、テーブルさん座、ふうちょう座で、カメレオンとふうちょう(風鳥)は、大航海時代に行く先々で人々が初めて目にした動物だったのでしょう。テーブル山は、南アフリカ共和国の大都市ケープタウンの南に位置する有名な山で、テーブルさん座は18世紀に南アフリカに滞在したフランスの天文学者ラカイユが制定しました。

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航海者が初めて目にしたと思われる生物も星座の名前になっています。つる座、くじゃく座、みずへび座、とびうお座、かじき座、きょしちょう座、ほうおう座などがそれです。きょしちょう(巨嘴鳥)はアフリカに生息している鳥で、胴体ほどの大きなくちばしを持っているそうです。ほうおう(鳳凰)は関取みたいな名前ですが、不死鳥(フェニックス)と呼ばれています。初めて出会った人間を星座にしたものもありますね。インディアン座がそれです。1年前の2007年1月末には、この星座をマックノート大彗星が通過していきました。初めてこの星座を意識した時でした。あの大彗星がやってきた、去年の今頃は毎日朝5時まで撮影に明け暮れていました。ちなみに「がか座」というのもありますが、これは画家でなくて「画架」です。ちょうこくしつ座の作業台と考えたらいいでしょう。

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ところで、スターウォッチングツアーで、星座名を言った瞬間に多くの方が笑うのがはえ座です。大航海時代に船内の生鮮食料品を腐らせてしまったのか、それとも新天地で発見しただけだったのか、なぜこのような名前が付いてしまったのでしょうか。実はこのはえ座、昔はミツバチだったそうで、どうしてはえになってしまったのかは、いくら勉強しても判明しませんでした。たぶんカメレオンが側にいたからに違いありません(笑)。

1600年代に入ると、八分儀のような文明の産物、機械や道具が星座名になっていきます。コンパス、じょうぎなどから、ぼうえんきょう、けんびきょう、とけい、レチクル等の精密機器、そしてポンプ、ろなどの大きな機械までが星座名になっていきました。レチクルとは望遠鏡などに使われるゲージ(十字線)で照準器の役目をしたものです。ろ座の「ろ」は「炉」ですね。原子炉のようなイメージがありますが、この時代の炉はフラスコを作るための炉でした。

そして最後に忘れてはならないのがみなみじゅうじ座、ケンタウルス座、みなみのさんかく座、さいだん座などの、天の川と重なる星座たちです。みなみのさんかくはまさに三角形の目立つ星座です。さいだん座とケンタウルス座はかなり昔からの星座だそうで、さいだん座はさそり座の尻尾の真下にあり、ケンタウルスはみなみじゅうじのすぐそばで、ともに1等星を2つも持つ贅沢な星座です。

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こうして南半球の星座をご紹介しましたが、かなり庶民的だったでしょ? メルヘンチックな星座名はありませんが、南半球の星座名を聞くと、500年ほど昔の大航海時代の苦労が伝わってきます。西周りで世界一周旅行の半ばで絶命してしまったポルトガル人マゼランの航海での大変さを知れば、星雲に彼の名前がついているのはごく自然なことだと思います。今晩もそのマゼラン星雲を見ていると、15万光年先の出来事に興味を抱かざるを得ません。

次回は、今一番興味のあるデジタルカメラの改造と赤い星雲、赤いオーロラの撮影について書いてみたいと思います。なぜならこの周辺に出現するオーロラのほとんどが赤色ですので…。

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