アルビレオは連星ではなく見かけの二重星
【2018年8月20日 Phil Plaitさん(Bad Astronomy)】
はくちょう座の頭の位置にある3等星のアルビレオ(はくちょう座β星)は天文ファンにはおなじみの二重星だ。天体望遠鏡で観察すると、黄色っぽい3.0等星(はくちょう座β1星、以降アルビレオA(*1)と表記)と青みがかった5.1等星(はくちょう座β2星、以降アルビレオB(*1)と表記)が約35秒角離れて並ぶ美しい姿を見ることができる。宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』では、「眼もさめるような、青宝玉(サファイア)と黄玉(トパース)の大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくると」回る、天の川の流速を測る観測所として登場する。
このアルビレオA、Bが、実際に互いの周りを公転している「連星」なのか、それとも距離の異なる2つの星がたまたま地球から同じ方向に見えているだけの「見かけの二重星」なのかについては、これまでよくわかっていなかった。
英・ケンブリッジ天文台のRoger Griffinさんは1999年に『カナダ王立天文学会誌』の記事で、位置天文衛星「ヒッパルコス」の観測データを基にして、2つの星は同じ距離にあり、互いに公転している連星であるとした。一方、アメリカ変光星観測者協会のBob Kingさんは、2016年に『Sky & Telescope』誌で、米国海軍天文台の二重星カタログ「WDS(Washington Double Star Catalog)」の最新データに基づいて、アルビレオA、Bは見かけの二重星だと結論づけている。
この問題について、米国の天文学者で科学ライターでもあるPhil Plaitさんは、今年4月に公開されたヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星「ガイア」の観測データ「Gaia Data Release 2(DR2)」を使えば、アルビレオA、Bが連星かどうかを確認できることに気づいた。DR2には13億個以上の恒星の年周視差と固有運動を高い精度で測定したデータが収録されている(参照:「17億個の星の地図が完成、ガイアの第2期データ公開」)。
Plaitさんのtwitterでの呼びかけに応えて、ガイアプロジェクトのメンバーである伊・トリノ天体物理学観測所のRonald Drimmelさんは、ガイアで得られたアルビレオA、Bの年周視差と固有運動のデータを調べた。
地球は太陽の周りを1年で1周しているため、地球から星の位置を観測すると、1年周期で楕円を描くように動く。この見かけの動きが「年周視差」だ。地球に近い星ほど年周視差が大きくなる(大きな楕円を描く)ため、楕円のサイズを測定すれば星までの距離がわかる。ガイアで得られた年周視差から求めたアルビレオの距離は、アルビレオAが328光年、アルビレオBが389光年だった。これが正しければ、2つの星は約60光年も離れていることになるので、連星ではありえない。しかし、アルビレオAは3等星とかなり明るく、ガイアの観測装置上で星像が大きく写るため、位置の測定誤差が比較的大きい。そのため、測定誤差を考慮すると両者はほぼ同じ距離にある可能性も否定できず、年周視差は決め手とはならなかった。
そこでDrimmelさんは、ガイアで観測したアルビレオの「固有運動」のデータも確認した。天球上で東西や南北に星が少しずつ移動していく動きが固有運動だ。もし2つの星が本当の連星なら、両者はペアを組んだまま天球上を移動していくので、同じ固有運動を持つはずだ(アルビレオの場合、星の間隔がかなり離れているので、仮に連星だとしても公転周期が非常に長くなり、星の公転運動が固有運動に与える影響は無視できるほど小さいものとなる)。
ガイアのデータによると、アルビレオAの固有運動は1年に16.66ミリ秒角で、移動方向は南南東だ。一方、アルビレオBの固有運動は1年に1.13ミリ秒角で、移動方向は西南西だった。固有運動の測定誤差は十分に小さいため、2つの星は別々の方向に異なる速度で動いていると言える。このことからDrimmelさんとPlaitさんは、アルビレオは連星ではなく、見かけの二重星だと結論づけた。
「アルビレオが連星でないとわかったのは興味深い結果ですが、画期的な科学的成果というわけではありません。しかし今回の調査で、天文学者が抱えているたくさんの未解決問題にガイアのデータが答を与えてくれることが示されました。これが、広い範囲にわたる高精度で良質の基礎データを得て、それを公開するという取り組みの良い所なのです。使い道を完全にわかっていなくても、その用途を喜んで考え出してくれる人々が世の中にはたくさんいます」(Plaitさん)。
(文:中野太郎)
1: 国際天文学連合の公式なリストでは「はくちょう座β星Aa」の固有名を「アルビレオ」としていますので、「アルビレオA、B」という表記は正式なものではなく、慣用表現です。また、はくちょう座β星Aaは同星Acとの連星です。
〈参照〉
- Bad Astronomy:Long-standing astronomical mystery solved! Albireo is NOT a binary star
- Journal of the Royal Astronomical Society of Canada:Correspondence/correspondance - In Defence of Albireo
- Sky & Telescope:Will the Real Albireo Please Stand Up?
- 青空文庫:宮沢賢治 銀河鉄道の夜
〈関連リンク〉
関連記事
- 2024/04/22 最も重い恒星質量ブラックホールを発見
- 2024/01/19 天の川銀河の折り重なる磁場を初めて測定
- 2023/04/21 アストロメトリと直接撮像の合わせ技で系外惑星を発見
- 2022/10/13 軌道周期が51分の激変星
- 2022/09/22 2022年10月 シリウスの伴星Bが最遠
- 2022/08/17 ガイアのデータで描く太陽の未来
- 2022/06/17 天の川銀河の大規模調査、ガイア第3期データの完全版公開
- 2022/04/26 新種の爆発現象「マイクロノバ」を発見
- 2022/02/25 天の川銀河に未知の衝突の痕跡
- 2022/02/14 シリウスの伴星の観察に挑戦しよう
- 2022/01/18 「宇宙の噴水」は共通外層を持つ連星だった
- 2021/12/23 天の川銀河の円盤の外縁部に予想外の構造
- 2021/10/11 アルマ望遠鏡が描く双子の星の軌道運動
- 2020/12/10 18億個の天体を含む「ガイア」最新データ公開
- 2020/09/23 宇宙に塵を供給する、終末期の大質量連星
- 2020/09/11 3連星を取り巻く惑星系円盤の3重構造
- 2020/05/08 これまでで最も地球に近いブラックホールを発見
- 2020/03/27 太陽が2つある惑星の回り方
- 2020/03/10 ほんの60年前にジェットを噴出して変身し始めた老齢の星
- 2020/03/09 天の川銀河の歪みの原因は矮小銀河の衝突かもしれない