月や火星を目指す有人宇宙船にふさわしい素材を発見
【2021年9月15日 量子科学技術研究開発機構】
現在、宇宙における有人活動はもっぱら国際宇宙ステーション(ISS)の周りに限定されている。地表から約400kmの位置にあるISSは、地球の磁場によって地球外から飛来する放射線からある程度守られており、被曝量は年間にして約200mSvとなっている。これは地上における平均被曝量の100倍程度だが、地球の磁場を離れるとさらに100倍以上になると考えられる。
将来、宇宙飛行士を月や火星に届ける際はこの被曝量が問題となる。たとえば、月面での被曝は年間420mSv程度と試算されていて、火星へは往復するだけで被曝線量が660mSvに達すると報告されている。現在の宇宙船の主な材料であるアルミニウムは、機械的強度や加工性に優れているものの、宇宙放射線を遮る効果は小さい。
量子科学技術研究開発機構の内藤雅之さんたちの研究チームは、放射線を遮断するという観点からアルミニウムに代わる新素材の探索を進めてきた。内藤さんたちが注目したのは、近年自動車や航空機に採用されている炭素繊維強化プラスチックなど、複数の素材を組み合わせることで強度と軽量性を両立した「複合材料」だ。
地上における代表的な放射線であるガンマ線を遮るには、鉛のような重金属が使われている。しかし宇宙放射線の主成分である荷電粒子を遮るにはアルミニウムのような金属はあまり有効ではなく、むしろ水素を多く含む軽量な素材の方が向いているとされる。これは、水素原子は他の原子と比べ、質量あたりの電子の数が多く、それによって荷電粒子を減速させる効果が高いためだ。この観点からいえばポリエチレンのようなプラスチックは遮蔽効果が高いが、単体では強度が足りないので、複合材料が選ばれた。
研究チームは重粒子線がん治療装置を用いて、8種類の複合材料の放射線遮蔽効果を測定した。8つの複合材料、および比較用のアルミニウムとポリエチレンに対して、宇宙放射線を模擬した粒子線(陽子、ヘリウム、酸素、シリコン、鉄)を照射したところ、複合材料が粒子線を止める度合いはアルミニウムとポリエチレンの中間程度であることが確認された。
また、宇宙空間で起こると想定される粒子線と試験材料との相互作用を数値シミュレーションを用いて計算した結果、複合材料はアルミニウムに比べて、人への影響が高い重粒子線に対する遮蔽効果が30~60%高いことが確認された。
ISSへ物資を届けていた日本の補給船「こうのとり」はアルミニウムで作られていたが、これを同じ質量の複合材料に置き換えれば放射線遮蔽効果が2割程度高くなると推計され、宇宙空間での被曝線量をほぼ半減できることがわかった。また、厚さを変えずに置き換えた場合には、アルミニウムの場合と同等の遮蔽効果を得ながら、総重量を4割程度削減できることもわかった。
宇宙での有人活動は、月や火星等へと移りつつある。また民間企業による宇宙旅行が続々実現するなど、宇宙空間が身近なものになりつつある。今回の研究は、宇宙船の積載重量や体積に厳しい制約のある中で、複合材料を用いることで、宇宙放射線による被曝線量を低減できる可能性を示すものであり、深宇宙探査用の宇宙船開発に関わる重要な知見と言えそうだ。
〈参照〉
- 量子科学技術研究開発機構:宇宙放射線の被ばく線量を低減する新たな宇宙船素材を発見 ― 深宇宙探査用の宇宙船開発につながる重要な科学的知見
- Life Sciences in Space Research:Applicability of composite materials for space radiation shielding of spacecraft 論文
- JAXA 星出宇宙飛行士 ISS長期滞在ミッション特設サイト:星出宇宙飛行士ウィークリーレポート Vol.18(9/6~9/12)
〈関連リンク〉
- 新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」
- Gateway:
- [NASA]
- JAXA
- Artemis program
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