世界初、宇宙精子由来のマウス誕生

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国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に9か月間冷凍保存され、地上の100倍もの宇宙線に曝されたマウスの精子から健康な「宇宙マウス」が誕生した。宇宙放射線は精子DNAにダメージを与えるが、受精や発生、成長に大きな影響は与えないという。

【2017年5月24日 山梨大学 発生工学研究センター

将来、月面基地やスペースコロニーなどが建設され永住する時代が来ると、宇宙において人類だけでなく家畜の生殖や繁殖も必要になるが、宇宙は無重力であることに加えて強力な放射線が降り注ぐ環境のため、継世代への影響が懸念されている。

そのため、宇宙環境での哺乳類の生殖に関する研究は重要であるが、宇宙でのマウス飼育や生殖細胞の取り扱いが難しいことなどの理由から、これまでの実験実績はほとんどなかった。

山梨大学大学院総合研究部発生工学研究センターの若山清香さんたちの研究グループは、シミュレーション実験だけでなく実際の宇宙環境での生殖細胞への影響を検討する方法を模索してきた。そして同グループで開発した“フリーズドライ精子”を用いて、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」で哺乳類初の宇宙生殖細胞実験が行われた。

実験では宇宙保存用と地上保存用に3箱ずつのサンプルが作成され、宇宙用の3箱は2013年8月に宇宙ステーション補給機「こうのとり」4号機で「きぼう」へと届けられた。「きぼう」の冷凍庫では9か月、約3年間および約5年間サンプルが保存されるが、1箱目が2014年5月に米・スペースX社の補給船「ドラゴン」3号機で地上に回収された。

フリーズドライ精子への宇宙放射線被ばく量は1日当たり0.6mSv(ミリシーベルト)、9か月間の合計で178mSvとなり、これは地上で同期間計測した放射線環境のほぼ100倍に相当する。そのため、宇宙保存精子のDNA損傷度の割合は地上保存に比べ有意に高くなっていることが確認された。

しかし、顕微授精を行うと宇宙保存精子の大部分は卵子と受精し、正常な胚盤胞へ発生した。受精後のDNA損傷を調べたところ、精子由来の核DNA損傷度はおおむね減少していた。卵子が持つDNA修復機能により精子DNA損傷が受精後直ちに修復されたため、正常な胚発生が可能であったと示唆されている。

この宇宙保存精子由来の受精卵を移植したところ、73匹の宇宙精子由来の「宇宙マウス」が誕生した。出生率は地上保存精子で誕生したマウスとほぼ同じで、宇宙保存の影響は見られない。この宇宙マウスは順調に成長し、正常な妊性を示し、宇宙マウス同士の子供にも異常はなかった。宇宙マウスの網羅的遺伝子発現解析でも、地上保存のマウスとの違いも見られなかった。

宇宙マウス
実験で誕生した宇宙マウス(提供:山梨大学)

本実験・研究により、宇宙でも保存精子を使った生殖が可能であることが初めて示された。一方で、約9か月間宇宙で保存するだけでも、宇宙放射線によって精子のDNAにダメージを与えることもわかった。

将来、人類が宇宙で生活する時代には、凍結精子から子孫を作る不妊治療技術や家畜の人工授精技術が今以上に活用されると考えられる。本実験におけるDNAダメージは受精や出産、生まれた産仔へはほぼ影響していなかったが、畜産業などで行われている人工授精では数十年もの間保存された精子が使われることもあるため、今後はより長期間宇宙で保存した場合の影響を調べることも不可欠となる。無重力環境でのマウス初期胚の培養実験と合わせ、哺乳類の宇宙生殖全般について明らかにしていく予定だという。