ISS「きぼう」の微小重力下で胚の発生に成功

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地上で凍結したマウスの細胞胚を国際宇宙ステーションで解凍し、発生能を調べる実験が行われた。微小重力下でも受精卵が着床できる「胚盤胞」へ成長できることがわかり、哺乳類が宇宙でも繁栄できる可能性が示された。

【2023年11月1日 山梨大学

近い将来、人類は月面基地やスペースコロニーなどを建設して、そこに永住するだろう。その際に、人間をはじめとする哺乳類が宇宙環境において子孫を作り繁栄できるのかは、未知の問題である。

哺乳類の受精卵(初期胚)は受精後3~4日後に、将来胎児へ発育する細胞(内部細胞塊:ICM)と胎盤になる細胞(栄養外胚葉:TE)の2種類に分化し、胚盤胞と呼ばれる胚へ発生(成長)して、着床できる状態となる。その最初の分化がどのように決定されるのか、ICMとTEがきれいに分かれる理由などは、まだ明らかになっていない。もし、最初の分化や胚盤胞の形成に地球の重力が関与していれば、微小重力の宇宙で初期胚が正しく発生できないかもしれない。こうした検証について、哺乳類の宇宙生殖実験は高度な操作技術の習得が必要とされるなどの理由から、従来ほとんど行われていなかった。

山梨大学発生工学研究センターの若山清香さんたちの研究チームは、地上で擬似宇宙環境を用いた実験を行って、微小重力下では初期胚が正しく発生できない可能性を示唆する成果を得ていた。この結果を確かめるには、完全な微小重力環境下での哺乳類の初期胚培養実験が不可欠だ。そこで若山さんたちは、胚操作を行ったことのない宇宙飛行士でも説明書だけで簡単に解凍や培養が可能な全く新しいデバイス「凍結胚の解凍培養デバイス(Embryo thawing and culturing unit; ETC)」を開発した。

2021年8月28日、凍結したマウスの2細胞期胚を90個ずつ入れた8個のETCが国際宇宙ステーション(ISS)へ打ち上げられた。ETCのうち4つはそのまま微小重力で培養され(宇宙0G区)、残りの4つはISSの「きぼう」日本実験棟内に設置されている遠心力を利用した人工重力発生装置に入れられ、地上と同じ1Gで培養された(宇宙1G区)。さらに、ISSと同時刻に、地上の筑波宇宙センターでも4つのETCが解凍され培養された(地上1G区)。培養開始から4日後に胚は固定され、冷蔵庫で約3週間保存された後に帰還船で地球に戻された。

ISSの微小重力環境で発生したマウス胚盤胞
ISSの微小重力環境で発生したマウス胚盤胞。A)凍結前のマウス2細胞期胚。B)とC)胚の解凍培養デバイス「ETC」。D)ISS内で星出彰彦宇宙飛行士がETCを使って胚の解凍と培養を行っている様子。E)地上で発生した胚盤胞。F)ISS内の人工1G環境で発生した胚盤胞。G)ISS内の微小重力環境で発生した胚盤胞(提供:A~C,E~G:山梨大;D:JAXA/NASA)

地球へ戻った胚を取り出して胚盤胞へ発生した割合を調べたところ、地上1G区では回収できた胚の61.2%であったのに対して、ISS実験の宇宙1G区では31.1%であった。また、微小重力環境の宇宙0G区でも23.6%の発生が見られた。

ISSで培養したマウスの凍結2細胞期胚の胚盤胞への発生率
実験で培養したマウスの凍結2細胞期胚の胚盤胞への発生率(提供:山梨大学、以下同)

さらに、宇宙0G区で発生した胚盤胞のうち12個を用いて、ICMとTEへの分化やDNA損傷率を調べたところ、宇宙1G区や地上1G区の結果とほぼ一致していて、胚盤胞の品質に差がないことがわかった。ただし、宇宙0G区の胚盤胞ではICMが2か所に分離しているものが12個中3個と多めであるのに対して、人工1G区と地上1G区では6~7%とわずかしか見つからなかった。

通常、ICMは胚盤胞の1か所に集まり、2か所に分かれると一卵性双生児として生まれてくる可能性がある。地上の比較実験では90%の確率でICMが胚盤胞の下部に位置することが示され、これが重力による影響であれば、微小重力下ではICMが胚盤胞の中で1か所に集まるのが難しいのかもしれない。

ISS内で発生した胚盤胞の品質
ISS内で発生した胚盤胞の品質。A~D)胚盤胞のICMとTEを染色したもの。A)地上1G、B)宇宙1G、C)とD)宇宙0G。E~H)DNAダメージを検出したもの。E)地上1G、F)宇宙1G、G 、H)宇宙0G。DとHはICMが分離している

今回の実験では、哺乳類の胚が微小重力下で胚盤胞期まで発生でき、胎児と胎盤への分化が重力の影響を受けないことが確かめられた。この結果は、哺乳類が宇宙でも繁栄出来る可能性を示すものといえる。今後研究チームは、胚盤胞が本当に正常であるかや、一卵性双生児の出現頻度を明らかにするために、全ての胚を回収でき胚盤胞へ発生させることができるようなデバイスの改良を目指す。